01 - よみがえるVT100
「このまえPentium IIIのパソコンにQ4OS入れたんだけどさ」
『ペンティアム3?』「20年前のパソコン。それでそのとき思ったんだけど」
『20年前…』EeePCが私の話を無視し、怪訝な様子でたずねる。『何のために?』
「なんのためにって、使うためだよ。決まってるじゃん」
『何に使うんだ?インストールして悦に浸るためか』
「そんなわけないでしょ。ちゃんとプリンター使ったり、たまーにDVD焼いたりするよ」
『他には?』「え?他には…そりゃあ、『前世紀のパソコンが動いてる!』って感動するためですよ」
『はぁ…』
EeePCはあきれてとびきりの熱気を吐き出したように見えた。
EeePCは10年以上にわたって私をサポートしつづけてきたコンピュータだ。昨年 EeePCとEmacsと〇〇と で現役復活を果たし、以来ワープロとして活躍してきた。けれども私が Spacsmacsに惚れ込んでからというもの、非力なEeePCは裏方に回ることが多くなっている。antiXやQ4OSといった軽量Linuxをお試しでインストールされることはあっても、以前のように使ってもらえない日々に少し不満のようだった。
『それで、その石でできたパソコンにLinuxを入れて何を思ったんだ?』
「その冗談面白いね。お礼に君をハードオフに売ってあげようか」
『往復にかかる費用を捨てたほうが時間を無駄にしないだけ得だぞ』
「全くだね。ははははは」『ハハハハハ』
「…お父さんのパソコン次にバカにしたら本当に壊すからね」『すみません』
父はそのパソコンで私にファンクションキーの使い方と麻雀のルールを教えてくれた。F7キーはカタカナ変換で、出ている牌がバラバラだと相手は国士無双をねらっている。ひと月に使えるインターネットは5時間で、メモリは64MBで、インターネットエクスプローラーから山のようにスパイウェアが入ってきた。まだ世界貿易センタービルはマンハッタンにそびえていた。
『では改めて、君が父上のパソコンを使って何を思ったのか、教えてくれないか』
「古いコンピュータで高性能のコンピュータを動かせたら面白いなと思った」
『…どういうことだ?』
私は自分のねらいをEeePCに伝えるため、一枚の写真を見せた。
(c) Jason Scott, CC BY 2.0
「これ VT100 っていうんだけど、今あるパソコンとはかなり違う。他のコンピュータに接続して操作する専用の道具」
『どうしてそんなものが必要なんだ?』
「昔はコンピュータが超高級品だったから、一台のコンピュータを何人かで使えるようにこういう道具があった。Facebookにスマホでアクセスするようなものかな」
『ふむ』
「Facebookみたいな巨大なコンピュータでも、スマホで使える。そんなふうに、性能の高いコンピュータを操作する方法があれば、君みたいなへっぽこコンピュータにも生きる道があるかもしれない」
ブツンッ。
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「あれ?」
『何だ?』
呆然とする私。問いかけるEeePC。手足を動かす私を不思議そうに見ている。『どうした?』
「時間が巻き戻ったっぽい」『そんなまさか』「夢だったのかな」
実際はそんなことなどありえない。けれども、なおも私が身体をぺたぺたと触っているので、EeePCは『どんな夢だった?』とたずねた。
「ここにManjaroとRemacsの入ったRaspberry Piがあるじゃろ?」
(c) Gareth Halfacree, CC BY-SA 2.0
『ああ』
「ここに入ってるRemacsを君の新しいワープロにすればいいと思ったんだけど」
『ああ』
「君が『スペックがしょぼい』ってバカにして」
『ほう』
「私が怒って世界を破壊した」
『お、おう…』
「でもGitにコミットするの忘れてたらしくて」
『…』
「気づいたらその前まで時間が戻ったみたい」
『つ…つまり、書いた文章をGitにコミットし忘れて、その分が消えてしまった、という解釈でいいんだな?』
「君の解釈なんか知らないしどうでもいい。時間が戻った。それだけ」
『くっ…』
EeePCは耐えた。私も怒りと悲しみを耐えていたからだ。別の世界線で私に放たれた暴言の数々、そしてその記録を消してしまった悲劇を。
雰囲気を変えるために、EeePCは別の話題を振る。
『そ、それにしても、君がコミットし忘れるなんて、珍しいこともあるもんだなぁー』
「これRaspberry Piにログインして書いてるから」
『Remacsか?』
「ううん、vi」
『vi』
「vi」
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