01 - EeePCとEmacsと私と

何か目的があったわけではない。何かじっとしていられないことがあったのかもしれない。私は埃をかぶったEeePCの天板を拭くと,スイッチを入れた。

10.1インチのモニタにEeePCの粗いロゴが表示されたあと,HDDのガリガリいう音があって,Lubuntuのログイン画面があらわれた。EeePCは目を覚ますと,私の顔を見て少し驚いたようだった。当然だ。以前起動したのがいつかさえ覚えていないのだから。

EeePCは私が話しかけないかぎりものを言うことはない。ただ,負担をかけると,ただでさえ耳障りなファンが余計に大きな音をたてる。このご時世,ブラウザでインターネットをするだけでも一苦労で,ぜえぜえ荒い息をつきながらも懸命に私の操作に従うのだ。時代遅れのポンコツである。

「ねえ」私はふとEeePCに尋ねてみた。「…何だ」久しく声を発していなかったEeePCは,ためらいがちに小さく答える。「君の解像度はいくつだったっけ?」「1024x600しかない」「CPUは?」「Atom N270 1.6GHz」「メモリは?」「たった1GBだ」「HDDの容量は?」「160GBある」「チップセットは?」「ええと…Intel 945GSEだったかな。動画の再生支援はない」「それで当時いくらだったっけ?」「そうだな…5万円以上はしたと思う」

そうだ。今なら同じ金額でこの何倍,場合によっては10倍以上の性能のコンピュータだって買えるのだ。

「それで,どうして今さら私を起動したのだ。君にはもっといい性能のコンピュータがいくらでもあるだろう」

なぜ起動したのだろう。もはや日常使用でさえつらいポンコツで,そこらのスマホにさえもはるかに劣る性能なのに。しかも,それでいて消費電力はスマホより大きいのだ。ひどいもんだ。だってこれは初代iPhoneの時代,正確には3Gあたりの時代のものなのだから。この世界では骨董品レベルのものである。大事になすってください,と言われることはあっても,現役で使用するなんて到底考えられないものだ。

ただ私にはいくつもの忘れられない思い出があった。

「ねえ,覚えてる?昔,私がひどいめにあって,ホテルでめそめそしていたとき」「ああ。私が君に買われてどれくらいだったか。カバンから出した私を見てずっと悲しそうな顔をしているから,youtubeでひたすら動画を流してなんとか君をなぐさめようとした」

「私が初めて海外に行ったときは?」「もちろん覚えている。君はずっと練習をしていた。飛行機の中でも思い出したように私をとりだして,無言で口を動かしていたな。部屋についてからも,私の小さい画面で君は夜遅くまで練習をしていた。君についていくことはできなかったが,帰ってきた君を見て成功を確信したよ」

「それからもいろんなところに行ったね」「ああ。私は頑丈さだけがとりえだったからな」「スーツケースとかボストンバッグにギチギチのところに入れたから,壊れないかいつも心配で」「君は荷物が多過ぎるんだ。心配性なんじゃないか」

「でも君は壊れなかった」「そうだ。君が私を信じるかぎり,私は君に応える」

それは,ぐらつく私の中にすっと芯が通るような,不思議な感じだった。

「君にはUSB端子が三つあるね」「そうだ」「外部モニタに出力する端子もある」「アナログだがな」

「だから私は決めた」「何を?」「君を壊れるまで使おうと思う」「ふむ,それは構わないが,どうするんだ。私にはもはや前線で戦うだけの力はない。発売された当時でさえ,時代遅れの性能とからかわれたのだ。プリンタサーバやルータにでもするつもりか」「私は君を現役に復帰させる。10年前のスマホには無理でも,君なら今でも十分に戦える。だって私が選んだんだから」



「ならば問おう。10年前のノートPCである私を,現役で使うという君のアイデアを」



「私は君を,テキストブラウザのついたワープロとして使う」





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