04 - お約束
「こんなことになるなら君だけで一つの作品にできたね」
私はとあるアプリをインストールしながら言った。
『こんなことって?』C202SAが聞き返す。
「インストールが簡単だから、ちょっと設定して、少しおしゃべりしておしまいにするつもりだったから」
『はあ』
「だからChrome OSつながりでCloudReadyの作品に入れちゃったんだけど (※この作品は、かつて終末のChrome OSの一部だった) 」
『はい』
「もっといろいろなことが書けるかもしれない」
『それは面白いですね』
「…」
何かに勘づいた私がChromeの履歴を開こうとする。すると途端にC202SAが慌てだした。
『あ、ちょ、ちょっと!だめですよ!』
「…何を調べてたのかな?」
『…すみません』
「『話がつまらない人』って、私のことだよね?」
『…』
「つまらない話でごめんね」
私はぽつりと寂しそうに言った。
もともと子供向けに作られた機種だ。私と話が合うはずもない。それをEeePCの代わりとばかりに無理やり付きあわせてきたのだ。愛想をつかされるのも当然だろう。
けれども私はまるでEeePCと会ったときのように嬉しくてしょうがなかった。だからC202SAのことを知りたくてChrome OSの開発者ガイド でその仕組みを学んだり、非力なCPUを活かすための方法を調べたりもした。壊れるほど使うために。
でもそれが鬱陶しいだけなら、ただインターネットを楽しむ道具として使ってほしいと思っているのなら、こんなことをしてもC202SAを苦しめるだけだ。
「ごめんね。もう『あの黒い画面』も使わないし、君でGitHubのファイルをいじることもしないよ」
『ぼくこそごめんなさい!』
C202SAが大きな声で謝った。
『マスターがこんなにぼくを使ってくれているのに、ぼくの方が冷たくしちゃって、本当に、ごめんなさい…』
「…」
『ぼくたち、会ったばかりですよね。いろいろ勘違いがあったかもしれません。ぼくは頑丈ですから、もしマスターがぼくを壊れるまで使ってくれるなら、ずっと、ずっと仲良くなれます、よね…?』
「うん…うん」
私は何度もうなずいた。もしキーボードに耐水性がなければ、この日にC202SAは壊れてしまっていたかもしれない。
「ひとついいかな」私は目をぬぐって言った。『はい!』
「私は君の主人じゃないから、マスターっていうのはだめだよ」『あ!』
二人に笑顔が戻った。
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『…』
私が元気を取り戻すやいなや、画面に表示されているのは『あの黒い画面』。その地味さに、C202SAは今にも泣きだしそうなほど大きなため息をついている。
「はい、こちらChromebookお約束のTermuxになります」
『…』
「インストールしたらターミナルで termux-setup-storage
を実行しましょう。ストレージ内のファイルにアクセスできます」
『あの…前にCrostiniで『あの黒い画面』にしましたよね…?』
「そうなんだけど、2つの理由でTermuxにしました。ひとつは容量。Crostiniだと2GBくらい使う。Termuxなら700MBくらいだから、容量の少ない方を選びました。君は容量が16GBしかないからね」
『…』
「あとはGoogle Driveとの連携について。CrostiniはGoogle Driveに直接アクセスできて便利なんだけど、Gitは大量のファイルを扱うからネットワーク越しに使うとかなり遅くなる。だから今書いている作品はローカルに置いて、書き終わったらGoogle Driveに置くことにしました。これでTermuxを使っても不便じゃない」
『…ふつうにぼくを使うことは考えないんですか…?』
「こんなかわいいコンピュータなのに、蓋を開けると『あの黒い画面』って、かっこよくない?能ある鷹は爪を隠すみたいにさ」
『か、かわっ…!?…こほん。たしかに、かっこよく思われるのはぼくも嬉しいですが…』
さすがEeePCの後輩。ちょろい。「Redditでも毎日のようにChromebookを開発マシンにする方法が話題になってるんだけどね、君みたいなかわいいコンピュータなら絶対モテるよ」
『モテますか』「モテるよ!あの人たちはね、『ミニマムなスペックでマキシマムな性能を発揮する』っていうのが大好きなんだよ」
『うーん…』
C202SAは少し悩み、そして言った。『ぼくも情報を得るだけの道具でいるのは良くないと思っていました。あなたの期待に応えられるかわかりませんが、開発マシン?として使っていただけるなら、満足です』
私は思い通りになったことに、隠れてほくそ笑む。
『でも』とC202SAは言った。『たまに、音楽を聴かせてくれませんか?YouTubeでも、もしくは、Google Play Music…とか』
「もちろん!私のファイル置き場に音楽プレイヤー があるから、今からそれを聴いてみようか?」『はい!』
私がChromeを開いてライブラリにある曲を再生すると、C202SAの大きなスピーカーからピアノの音色が聞こえてきた。空冷ファンをもたないその身体で奏でられる音は、C202SAの素直な気持ちを表すようで、素朴で胸に響いた。
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