05 - だからかっこいい方を選ぶ
「うーん…」
Text を打つ私の手が止まった。「なんか、気になる」
『どうしました?』C202SAがすかさず私にたずねた。私が何かをつぶやいたときは、構ってほしいという合図だからだ。
「サイドバーを開いたり閉じたりしたときにカーソルの場所がおかしくなることがある」
『ええと…そ、そうなんですね』
「条件がよくわからないから報告もできないんだけど、Secure Shell Appで素のvi使って文章書いてたときのトラウマがよみがえって頭がおかしくなりそう」
『あー!少し休憩しましょう!そうしましょう!』
私の早口から爆発寸前なのを察し、C202SAはTextを閉じさせた。それからあの手この手で私の注意を引きつけ、かんしゃくを起こさせないようにひたすら話しかけてくる。
「休憩するのはいいけど作品が更新できないよ」
『他のエディタを使いませんか?Chromebookでも使えるエディタはたくさんありますよ』
「拡張機能はなるべく入れたくない」
『うーん…あ、オンラインエディタ、でしたっけ?あれとかどうです?』
「オンラインエディタ? StackEdit とかのこと?」
『えーと、そうです、たぶん。それならインストールしなくても使えますよね』
「人の家にあがって裸になるのは恥ずかしいから私はちょっと…」
『は、裸…ですか』
「私にとって物語を書くのは裸になることだから」
『そ、そうなんですね。うーん…でも、外で書いたり、Google Driveの文章を直したりしてますよね。あれはどうなんです?』
「どうって、どういうこと?」
『あれは恥ずかしくないんですか?』
「私のパソコンに入ってるソフトで書いてれば外でも平気だし、Google Driveは私の別荘みたいなものだから大丈夫」
『なるほど。それなら、Google Documentで書くのはどうでしょう。自動でバックアップもされて便利ですよ』
「ええー、なんか、もっとかっこいいやつがいい」
『かっこいいって…あの、前から気になってたんですが、ちょっと質問してもいいですか』
「なに?」
『あなたがいう『かっこいい』って何ですか?』
不意の質問に私は怪訝な表情をする。
「えー、なんでそんな難しい質問するの?まさかThinkPad (※私のアシスタント) に染められた?」
『えっと、あの、そういうわけではないですけど、なにか、いつも面倒な方を選んで苦しんでいるようにみえて、あ、責めてるわけじゃないんですよ、でも、その…あえてアプリのインストールをしないとか…。そうそう、Crostiniも最初は嫌がってましたよね?』
「うー、だってそっちのほうがかっこいいんだもん」
『はあ…それでその…かっこいいとはどういうことなんでしょう』
「かっこいいものを見ると言葉が生まれてくるんだよ」
私は口をついて出た言葉に、自分で驚いた。
『言葉?』
C202SAの返事に私はすぐ答えられなかった。「…」
どうしてそんなことを言ったのだろう。何度もその言葉を思い返した。私がかっこいいと思う道を選ぶとき、いつも問いが放たれる。どうしてそんなことをするの?何の意味があるの?何の価値があるの?何を目指している?
それは私を尻込みさせるための問いだった。その問いに答えるのは大変だ。それでも答えられないからといってその言葉に従ってしまうと、広い道を歩いているのに、まるでもつれた糸にからまったように動けなくなってしまう、ことが多い。
一方で、かっこいいと思う道は、言葉のもつ意味には程遠く、たいていは舗装されていない草むらだ。そこへ私が入って、道なき道を進み、草をがさがさと鳴らしてケガをする。それを広い道に立つ人は笑い、あざけり、
そしてときには興味しんしんにながめている。
しだいに、曇った視界がみるみる晴れていくように感じた。
「そうか」
私は自分自身に教えたのだ。予想どおりの道を進んでも人の心は動かされないことを。試練に直面し、それをどう乗り越えるのか。それが心を動かし、言葉を紡いでゆく。私が試練に苦しんでいるとき、もう一人の私は楽しみ、そして応援している。いつか乗り越えられると。だから私はいつも草むらへと足を踏み入れていくのだ。
「でもそれって、私がいつも苦労しなきゃいけなくなるんだけどさ」自嘲気味に私は言った。まるで蚊帳の外におかれたC202SAは、頭に疑問符を浮かべたまま、それでも私が笑顔になったことを喜んでいた。
(c) 2019 jamcha (jamcha.aa@gmail.com).
← 04 - お約束