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大零院 (だいれいいん) が落ちたあと,最後まで抵抗していた大三院 (だいさんいん) も陥落した。凶はそう告げる。それゆえ小五院 (しょうごいん) へ戻る途中だったのだと。

「うそでしょ…?」ショックでへたりこむバツに,目を閉じて顔を伏せる凶。

「大零院が落ちたとき,自分はなぜ大三院が援軍を送らなかったのか,その理由をただすために大三院へ向かいました。ですが,自分が着いたときにはすでに…」

凶は話を続けている。小五院の方角から人がやってきたのを嬉しく思った,それがお張子 (はりこ) 様の鈴を持っていたことに希望を抱いた,等。けれどもバツの耳には届かなかった。ただ,空っぽになった頭に徐々に血がめぐっていくのを感じていた。

「私が聞きます」「え?」その突飛な返事に,凶が思わず変な声を出してしまう。

「凶さんは小五院へ戻って,今の状況をお張子様に話してください。私は大三院に行きます」

「バカな ! 大三院は魔族の巣だぞ ! ?」

バツがむっとして言う。「ばかって言ったほうがばかなんですよ。私,行きますから」

そうして凶が止めるのも構わずすたすたと歩いていってしまう。その背中を見ながら凶は呆然としながら心の中で思った。

「…お張子様はどうしてあんなバカに燐虎 (りんこ) の鈴を託したんだ…?」



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Head:     tertium

風が吹いた。

景色が一瞬にして変わる。 primus から分岐した世界 tertium ,その地獄の門が開かれた瞬間にバツは立っていた。

『俺の知識とかなり馴染んできているようだな』クロメが感心したように言う。バツがこの世界の名前を自然と唱えていたからだ。

『それで,どうしてこの世界を作ったんだ?』

「大三院 (だいさんいん) が援軍を送らなかった理由を聞きに行く」バツは剣をしまいながら言う。今なら,大三院も健在だからだ。

『魔族の襲撃を受けて援軍を出す余裕なんかあるはずないだろう』

「君は大三院を知らないからそんなこと言えるんだよ」

大三院は強者が揃う,霊山の守りの要であった。また大零院の張子 (はりこ) は代々霊力の優れた者が多く,現在の張子である鳳戈 (ほうか) も,大零院参那月 (さんなづき) の後継者と称されるほどの実力者だった。ゆえに,小五院 (しょうごいん) の数倍の敵が押しよせても守りきれるだけの結界を張り,大零院に援軍を送れたはずなのだ。

確信があるならかまわないが,と前置きしたうえでクロメが問う。『君は魔族の身体のまま向かう気か?』

「鈴が守ってくれる」

命知らずだ,そう罵倒するクロメの話も聞かず,バツは決意を胸に,大三院への近道を駆けていった。


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「はぁ…はぁ…」

疲れているわけでもないのに,息があがり,鼓動が高鳴る。首の後ろをかすめた刃物の感覚が否応なしに思い出される。

『俺はたまに,君に取り引きを持ちかけたことを後悔する』クロメはあきれるのを通り越し,不気味なほど冷静に言った。

大三院が魔族の第一波を防いだところへ,バツはやってきた。そこで話しかける間もなく,武器を持った人々,おそらく大三院守護だろう,に追いかけられ,なんとか save stash を唱えたのだ。追手の足が弱まったのは,大三院から離れるべきでないと向こうが思ったのか,それとも鈴の音色を聞いたかどうか定かではない。

どうすれば話を聞いてもらえるのか。一時的にクロメを封印して向かうのも手だが,Git を呼び出せない状態で捕まれば確実に命を落とすことになる。

『やつらの足を止める何かが必要だな』「何かって,たとえば?」

『鎮静の術,幻術,いろいろある』

クロメが奥の手を隠していたと驚くバツ。「えっ,すごい。どうやって使うの」

『使えるやつに教わるしかないな』

現実は厳しい。

君は使えないの?そうたずねる気すら起きなかった。愚問だ。そんな術を使えるような魔族が自分と取り引きなんてするはずがない。

「…」バツはうらめしそうな顔をしたまま,がっくりと肩を落とす。


と,ふっと何かにひらめいたように顔を上げた。

「白夜狐 (びゃっこ) 様…」



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