043 cherry-pick

『ビャッコ様?』聞きなれぬ言葉にクロメが聞き返す。

「大三院の近くに住んでる,私が大好きな人」

大好きな人。クロメが聞こえないようつぶやく。『そいつなら鎮静の術を使えるのか?』

「どんな術が使えるか知らないけど,でも何でも知ってるよ」

バツが身体をぺたぺたと探る。「あれ…どこいったっけ…」『何だ?』「お張子 (はりこ) 様にもらった手紙…」

『地獄の門が開いた瞬間に戻ってきたのに,そんなものあるわけないだろう』

クロメが当然のように言う。

そうだった。バツの身体が固まる。「どうしよう…」

『手紙に何の意味がある?』「白夜狐様は用件がない人とは絶対会ってくれない」


『じゃあ手紙を召喚すればいい』


再びクロメが当然のように言った。

呆気にとられるバツ。「あのねえ,鎮静の術とか幻術とか,できもしないこと言うのやめてくれない?」

ズン。

バツの身体が急に重くなった。クロメが怒っている。

『お前は地獄の力をわかっていないようだな。見せてやろう,最凶の情報管理者が持つ力を』

黒い目と片腕がうずくと,クロメが叫んだ。『 C-x g l b ! 』

詠唱命令だ。バツはあわてて剣に指を当ててすべらせる。ぷつっ。

C-x g l b

3c9f3e2 * primus left the fifth temple
ea1b559 * Add letter
f228309 * collect blood

... 

magit-log がバツの歴史を映す。

『お前が手紙を受け取ったのはどこだ』クロメが低い声で淡々と言う。「え,ええと…」

『早くしろ。俺は短気なんだ』「ま,待ってよ。うーん…あ,2 番目の」『 ea1b559 か』「うん。たぶん」

a ! 』クロメが呪文だけ言う。バツはすぐに従った。

a

Apply changes from commit: 
magit-cherry-apply

ea1b559 ⏎ ! 』

ea1b559 ⏎

Head:     tertium

Staged changes (1)
new file   letter.obj

「ん?」

バツは腰に膨らみを感じる。まさぐると,一通の封書が出てきた。

「え…これって…」

この形。厚み。間違いない。取り出したときに少し血で汚れてしまったが,鏑穂 (かぶらほ) から託された手紙だ。

手が震えるバツに,クロメが満足げに言う。『言っただろう。Git は地獄の力だと。まあ,正確には複製だがな』

未来の封書を過去に召喚するなんて。

「すごい…この力があれば…」

バツは正面を向いて言った。

「ごはん食べ放題だ」


『…』あきれたクロメには言葉がなかった。



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