エピローグ

「っていうのは嘘なんだけどさ」

部屋のなかに私の声が響いた。いつもであれば EeePC からのツッコミが入るのだが,電源が入っているにも関わらず沈黙している。

「嘘とは何のことですか?」代わりに ThinkPad が聞いてくる。だが私は無視するように,「いやあ,VuePress っていいですねえ」とブラウザをながめながら満足している。

「VuePress が良くないということですか?」

「そんなわけないでしょ」私が吠える。「タイトルのことにきまってんじゃん」

「会話を処理できません」「そうでしょうなあ。なんてったって VuePress ですからね」

勝ち誇ったように ThinkPad を見下して言う私。さしもの ThinkPad も返事に窮してしまった。

「…もう,具合はいいのか?」おずおずと EeePC がたずねてきた。

「何のこと?」「いや,その…君がずっと調子が悪そうだったからな」「それにしても VuePress はいいねえ」「ちょっと聞いていいか?」「なに」「昨日からずっと言ってるビュープレスとは何だ?」

「VuePress の V はビタミンの V」

話がかみあわない。確かに Vue と Vitamin の一文字目は同じなのだが,相手の問いに全く答えていない。EeePC は昨日抱いた不安がよみがえってくる。やはり私の心が参ってしまっているのではないか,と。

「いや,そういう意味ではなくてだな…」

そう続ける前に,私が EeePC を持って正面を向かせた。

「ちゃんと答えるから,その前にひとつ約束をしてほしいんだけど」

EeePC を見据える真剣な目。「なんだ」「まじめにやってる私をいちいちばかにするのやめてほしいんだ」

「え…?」EeePC がいろんな意味で驚く。「わかってもらおうと説明してるのに,上から目線でああじゃないとか,そうじゃないとか,私のことばかにしたりとか。君が言うから平気なふりして我慢してたけど,ずっとつらかったんだよ,私」

なんと答えたらよいのか,EeePC が考えこんでしまう。「私のせいだったんだな…」

それを聞いた私は EeePC から顔を離し,フッと鼻から息を吹き出す。「がんばって答えてもばかにされるだけなら,もう,どうでもいいかなって,最近,けっこう,本気で,考えてたりして」

「すまない。私は」EeePC が詫びようとするのをさえぎるように私は続ける。

「君がさびしがると思って,電源はつけてあげてるけど,べつに君にわかってもらうためにがんばってるわけじゃないから」

「本当にすまない。私は勘違いをしていた」「勘違い?」私が聞き返す。


「ああ。今まで君がまじめにやっていたなんて,全く思っていなかったんだ」


「えぇ…」私の身体から力が抜ける。「不真面目な君の尻をたたくつもりで強い口調で言っていたが,まさか,君がまじめにやっていたなんて…」

「…はぁ」大きくため息をつく私。あきれるのを通りこして涙さえも出てこない。

EeePC が詫びる。「すまない。君が冗談ばかり言うから…」「固い話ばかりしてると息がつまるからじゃん。どうせ自分で手を動かさなきゃわかんないんだしさ,『こいつらばかだなぁ』って笑ってもらえるほうがうれしいでしょ?うれしいでしょ?」「二回も言わなくても…。それに君の悪ふざけに私を巻き込むなよ…」

「悪ふざけ!?はん,コンピュータってやつぁ,どいつもこいつもお高くとまりやがってよお」

私は椅子の背もたれを倒し,両足を投げ出して天井を見た。「下品な姿勢を取るのは控えてください」という ThinkPad の言葉が聞こえる。磨いた照明は外の光に照らされ,うっすらと鏡のように部屋の中をうつしている。


そのとき,急に私のタイマーが切れた。「ああー」とうなって頭を抱える。

「どうした。大丈夫か」EeePC が心配して話しかける。


「私は地球の空気じゃ三分間しか真面目でいられないんだぁー」


「…」

それを聞いて気が抜けたのは EeePC のほうだ。先の約束も忘れ,「どうしようもないやつだな」とついつい憎まれ口をたたいてしまう。けれども普段どおりの私に戻ったことに少し安心したようだった。



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