23 - そして
「私がいなくてもって,どういう…。…!!」
私は絶句した。EeePC の液晶は,気づかないうちに半分以上白くなってしまっている。「君,画面が」「ああ。もう君の顔は見えない」「すぐに交換しないと」
「いや,もう手遅れだ。色々ガタがきている」「え,ちょっと待ってよ。嘘でしょ」
突然のことに呆然とする私。
「おそらく,次に電源がつくことはないだろう」声にノイズがまざっているような違和感。私の頭が EeePC の液晶のように白くなってゆく。「…嘘…」
「君がチュートリアルを終えるまで,私の身体がもってくれてよかった。途中で壊れたら,君はやめてしまうだろうから…」
「いやだよ!」私は叫ぶ。「この前 SSD に交換したばっかじゃん!」「すまない…。その SSD は別のマシンにでも…使ってくれ」声が小さくなっていくように感じる。「いやだ。絶対修理するから」「部品がないと言ったのは…君だろう…?」「探し出して修理する。いくらかかっても」「だめだ。基板を代えても…それはもはや私じゃな…い」
「じゃ,じゃあ,君の基板を直すから…だからだめなんて言わないで…」
私の目から涙があふれだし,それは嗚咽に変わった。その声が EeePC にも届いたのか,はじめて,EeePC が笑ったように聞こえた。
「…私は,君のような持ち主に買われて幸せだった…」
「そんな…おわかれみたいなこと…言わないで」
「…キッチンに持ち込んで,クックパッドを見ながら作った麻婆丼…おいしそうだった」「これからいつでも,もっとおいしい麻婆丼,作ってあげるから…」
「… Linux で画面制御できたときの…君の喜びよう…天井が壊れるかと…思った…よ」「うれしくて…写真何枚も撮ったの…覚えてる…今でも見れるよ…」
「…いろんな人に会った…」「君で作った…資料…見せるため…に…だよ。iPad の先駆けだよ…すごい…でしょ…?君の…おかげ…だよ…」
互いに声が途切れ途切れになってしまう。EeePC の声はもうほとんど聞こえない。私は自分のしゃくり声に邪魔されながらも,必死に耳をすませる。
「生まれたときから…時代遅れだった…私に…これだけの…素晴らシイ…ケイケン…ヲ…サセテクレテ…アリガ…トウ…」
「待って。待ってよ。これからも楽しいこと…いっぱいさせて…あげる…から。…だから」
「キミトノ…十…年…間…タノシカッ…ョ…」
ブツン。EeePC の画面が真っ黒になった。そこにはくしゃくしゃになった私の顔がうつっている。電源。バッテリー。スイッチ。何度確認しても,もはや反応がかえってくることはない。
身体が爆発しそうだった。私は近所迷惑になるほどの声で泣こうと思った。だが,あまりに悲しいと,人は声が出せなくなるのだと,そのとき初めて知った。
朝刊を運ぶバイクの音だけが部屋に響いた。
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