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リンゴとキャベツのシチューをすすりながら、シフは不機嫌だった。この日の晩も宿屋『ビー・アンド・バルブ』で過ごすことになったからだ。


リフテンの市場でシフは洞窟で得た宝石を全て売った。それでも家を買うにはまだ足りなかった。しかも、落胆しているところへ、

「引き返す途中でゼニタールの祠に祈っておけば足りただろうな」

とタニシが得意気に言ったのだ。シフは頭にきた。

「どうしてそれを早く言わない ! ? 」

「『話しかけるな』って殺気をみなぎらせていたのはシフだろうが」

それから衛兵が仲裁に駆けつけるまで、二人は市場の真ん中で口論を続けた。タニシの指摘がいちいち正しいのも癪にさわった。正しけりゃ何だってんだ !

衛兵がやってきてからもシフはぐずぐずと不満を述べ、和解を拒んだ。この痴話喧嘩はもはやリフテンの名物になっていた。衛兵もあきれたように『わかったわかった』とシフの背中をぽんぽんと叩き、タニシに『飼い主ならちゃんとしつけるように』といつもの注意をして帰ろうとする。それが火に油を注いでしまった。

「私は家畜じゃない ! 」

タニシの静止をふりきってシフは衛兵につかみかかった。もし司祭のマラマルが来るのがあと少し遅れていたら、シフは問答無用で牢屋に入れられていただろう。

ミストヴェイル砦まで連れてこられたシフは、スクゥーマの蔓延を食い止めた功績で首長の恩赦を受け、解放された。まさに綱渡りのような危険を乗り越え宿にたどり着いた頃には、すでに日がとっぷりと暮れていたのだった。


「どうしてタニシは私が店の人と話しているときに助けてくれないんだ」

ぬるくなったスープに視線を落としたまま、先の喧嘩を蒸し返すようにシフが言う。

「俺が入ったらシフの話術が上がらないだろ」「私が一人ぼっちになったみたいで嫌なんだよ」「俺はずっといるぞ」

シフが思わずスプーンを落とし、耳まで真っ赤になる。酔った顔でフッと笑うタニシ。その得意気な顔に水をぶっかけたくなったが、あいにくボトルは飲み干してしまっていた。

「はぁ…」顔を両手で隠し、恥ずかしさ、情けなさ、憎らしさ、そして嬉しさ、言葉にならない気持ちが洪水のように全身をかけめぐり、シフはしばらく動けなかった。そんな様子を面白がりながら、タニシはエールのビンをかたむけていた。



ふとシフは視線を感じ、指の隙間から目だけを動かした。宿の入口近く、壁際に隠れるようにしてこちらの様子をうかがっている者がある。シフはそこから目を離さないようにしながらタニシの腕を引いた。

「あ?」ほろ酔い気分のタニシをあごで促し、そちらへ注意を向けさせる。タニシは軽く指で差し、『行ってこい』という合図をした。皿を両手で持ってスープを飲み干したシフはゴトリと置くと、席を立つ。

シフに負けず劣らずのみすぼらしい身なりに、禿げあがった頭頂部を持つ男。ルイスと名乗るその男は、「金が欲しいんだろ?いい仕事があるんだが」と妙に慣れなれしく話しかけてくる。

まともな仕事でないのは明白だ。「盗みや殺しならお断りだ」とシフがやや大きな声で言う。ふだんならそこで客の注意が向かうところ。だがその日、宿の空気はルイスに味方した。

「くたばれ帝国の犬ども ! ウルフリックばんざーい ! 」「親父、いくらなんでも飲みすぎだよ。ほら、もう帰ろう」「なんだぁ?俺の金で俺が飲む。何が悪い ! あぁ ! ?」

その日、宿ではリフテンの名士ヴルウルフ・スノー・ショッドが大酒をくらっていた。大声で帝国への恨みを怒鳴り散らしては、息子のアスゲールが手助けをしなければ立つことさえままならないほどに酔っている。娘を内戦で失った痛みをまぎらわせるために。

それがルイスの企みを覆い隠す。彼は悲痛なまなざしで訴えた。「盗まれたのは俺のほうだ。話だけでも聞いてくれ」

シフは無言だった。それを『話せ』と受け取ったルイスは続ける。「俺はシビ・ブラック・ブライアという男から馬を買うつもりだった。前金も払った。でも馬を渡す直前になって、やつは殺しで捕まった。牢屋にいるのをいいことに、やつはこの話は済んだと思っている。このままじゃ俺は払い損だ」

「おい吟遊詩人の嬢ちゃん ! そんな地味な曲弾いてないでウルフリック上級王の歌を歌え ! ウルフリック万歳、我らの上級王 ! 」「ちょっと、さわらないで ! 」「親父 ! 」

宿の中がガヤガヤと騒がしくなる。シフはそれを横目で見ながら「シビというやつから金を取り戻してくればいいのか?」とたずねた。ルイスは首を横に振って、「馬だ。やつの馬を渡してくれたら、支払うつもりだった残りの金を駄賃にやる。どうだ?」と言う。

「馬はどこにある?」「シビが知っている」「シビはどこにいる」「牢屋だと言ったろう」

淡々としたやりとりのなか、ルイスがわずかに苛つく。「やってくれるのかやらないのか、どっちだ」

シフは少しうつむいて考えた。いつもならタニシの方を振り返って判断を仰ぐところだが、それだと善悪の判断さえ神々任せな自分を変えられないと思った。

「いいだろう」シフはルイスを見上げて言った。



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