049

精巧な錠前がロックピックの侵入を拒んだとき、シフの後ろからうんざりした声が投げつけられた。

「もういいだろう。帰るぞ」

シフは無視して次のロックピックを手に取り、錠前に差し込む。わずかな動きの後、それは無残に折れた。

「はぁ」タニシはカウンターの席に着いて、洞窟で拾ったハチミツ酒を口にした。ホワイトランのホニングブリュー醸造所で作られた上物だ。ブラックブライアのものよりも爽やかな香り。

軽い金属音が鳴り、またシフがロックピックを折った。失敗だ。シフがこの精鋭レベルの難度の鍵を開けるのはまだ難しいかもしれない。もしくは、今のシフの乱れた心では。

見逃してくれ。

劣勢になったブッチャーはそう言って逃げ出した。シフはその言葉が信じられなかった。だから追ってとどめをさした。

どんな形であれ、背を向ける相手に追いうちをかけた。シフはそのことを悔いている。

神々はその行いを悪とは思っていない。ここに来る前に受けたアーケイの祝福はまだ消えていないからだ。もし追わなければ、いずれやつは新たに拠点を作りスカイリムをスクゥーマで汚染するだろう。だからここで仕留めたのは正解だった。リフテンに蔓延するスクゥーマもこれで一掃される。

それでもシフは納得できなかった。何より、いちいち神々の判断が気になってしまう未熟な自分が許せなかった。善悪の基準さえ他人任せで、それでどうして私がマーラの信徒だって言える ! ?

甲高い音をたててロックピックが割れた。

「…」シフは血のにじんだ手を握りしめ、宝箱を思いきり叩いた。


一方タニシはポケットに入れた宝石を探りながら、シフの気が済むまでそのままにしていた。酒のボトルはまだたくさんある。

倒した相手は金貨や宝石を持っていた。ここでスクゥーマの密売をしながら、闘犬ならぬ闘狼場を営んでいたのだろう。山賊なんかよりもよほど良いものを持っている。見張りが身につけていた鎧も売ればかなりの稼ぎになるはずだ。

それでも家を買う金額にはおそらく届かない。あとはシフが悪戦苦闘している宝箱次第か。


カチャン、と乾いた音が鳴り、続いて蝶番がギィと鳴る。ようやく開いたようだ。ロックピックを 20 本近く使って。タニシはカウンターを立ち、シフの元へ向かう。

宝箱をのぞきこむ、丸い尻が見えた。

パァン !

「いっ… ! 」

シフが飛びあがり、臀部を押さえて険しい顔を向ける。「何するんだよ ! 」そうして先に負けないほどの快音でタニシの頬をはたいた。

タニシは赤い跡を残した顔で思い出深そうに言う。「すまん。どうしても止められなかった」

「はぁ ! ?」

「元気になったか?」

「…」

シフは答えず、ムッとした表情のまま痛みの残る手を払う。「… 金貨と宝石、魔法のスクロール」

「豊作だな」

タニシが宝箱をのぞくと、シフの言う通り、200 セプティムはあろうかという金貨に、アメジストやエメラルドの宝石、そして魔法のスクロール (巻物) が一本入っていた。おそらくこのスクロールを魔術師に売れば 150 セプティムにはなる。

とはいえ、この宝箱の大きさに比べるとその中身は寂しいものだ。タニシは 800 セプティムほどを期待していたのだが。もしかすると自分たちが来るのが売人たちにばれていて、すでにいくらか回収されたのかもしれない。ただそのことはシフに伝えず、二人で手分けして箱の中身を袋に入れた。

「帰るか」そう言うタニシの腕をシフが引っ張る。「何だ?」

シフが指差す先に、洞窟の外にいたのと同じように、檻に入れられたオオカミたちがいる。「あれ、逃がせないかな」

「リバーウッドで殺されかけたのにか?」タニシはシフの意思に釘をさす。「あのときとは違う。それに閉じこめられたままなんてかわいそうじゃないか」

そのままにしておいては飢え死にしてしまう。檻には見習いレベルの錠前がついているが、先の宝箱ほど難しいものでもない。

歯をむきだしにして威嚇するオオカミ。シフは怖がらせないよう気をつけながら鍵を開けた。

重りの力で檻が上がる。

その鼻先に牙が迫った。

ドン !

「…」何も言わず戦槌をしまうタニシ。視線を下に落とし、あさっての方に首が曲がった獣の亡骸をながめるシフ。

「争わずに済まそうなんて、幻惑魔法の達人でなきゃ無理だ」

タニシは帯鉄の鎧を背負ってそう言うと、物憂げなシフを残して出口へ向かった。直後、金属がこすれる音に滑車の回る音、そして小さく、絞られるような鳴き声がした。驚いて振り向くタニシ。

どろりと液体がまとわりついた刃。噴水のように血を吹き出し痙攣する獣。アミュレットを握り、ぶつぶつとつぶやくシフの姿。

「何のつもりだ」鎧を下ろしシフの元へ戻るタニシ。肩を揺すっても返事をしない。だが何を考えているのかはわかる。

そのまま放って見殺しにするくらいなら、苦しまずに終わらせる。そう思ってオオカミを自らの手にかけたのだろう。

けれどもそれはタニシにとって殺生となんらかわらないものだった。何もしなければ飢え死にするだろうが、そこでためらわず命を奪うという判断に、どこか不気味なものを感じた。タニシは自分の善悪の基準がまともだとは思っていないが、シフの基準はタニシのものよりおかしいように思えた。

何かスイッチが入れば、暗殺ギルドさえも嫌悪するほど残酷なことを平然と行えてしまうのではないか。取り越し苦労だと良いのだが。立ったまま考えているタニシを置き去りに、シフは出口へと向かった。まるで先とは逆の光景だった。

洞窟を出て夕暮れの道を歩きながら、二人はリフテンに戻るまで一言も話さなかった。もしくは話せなかった。



(c) 2019 jamcha (jamcha.aa@gmail.com).

cc by-nc-sa