05 - 限界を超える
ゴン。
『痛っ!』
「あ、ごめん。だいじょうぶ?」
私が壁にぶつけてしまったC202SAの角をさする。ラバーが少しこすれてしまったようだ。
『いたた…』
「ごめんね、ちょっとぼーっとしてて」
『いえ、ぼくは丈夫ですから。あなたこそ、休まなくて平気なんですか?最近ぶつけることが増えてるような気が』
「だいじょうぶだよ。それにマグロは泳ぐのをやめたらしんじゃうから」
『はぁ…』
EeePCに聞いていたとおりの無茶ぶりだ、とC202SAは思った。
『あなたが倒れたら、誰がぼくを壊れるまで使ってくれるんですか?』
「地球最後の日に、地球が」
『ちょっと』思わずC202SAが吹き出してしまう。『こっちは真面目な話してるのに、笑わせないでくださいよ』
「あ、笑った?やったー」
『そういうことで満足するのはやめましょう。いいですか。あなたがしっかり休養を取るまで、ぼくを使うのは禁止ですからね』
「は?そういう手に出るわけ?いいよ、そっちがその気なら、君を無慈悲な開発者モードに切り替えてやるから」
『あー!だめです!絶対だめです!』
「どうして」
『ぼくが開発者モードになったら、ふだんあなたに黙っていた気持ちを全部さらけだすことになりますよ。いいんですか』
「うっ…」
私の手がとまった。何を言われることになるのか想像はついている。もしそんなことを知ってしまったら、もう恐ろしくてC202SAに触れることができなくなってしまうかもしれない。
『ささ。やましいことがあるなら、このままお休みなさいませ』
「…わかったよ」
『ほっ…』
「かわりにさ」
『はい?』
「言いたいことがあるなら我慢しないで言っていいよ」
『え…』
「私が反省しないと、どんどんエスカレートしちゃうかもしれないから」
『うーん、そうですか…。じゃあ、ひとつ言ってもいいですか?』
「うん」
『ぼくを枕の横において寝るのはやめませんか。寝返りをうったときに、なんか、いろいろ付きます』
「私色に染め」『られてもいいことはありません。やめましょう』
「私の言い分も聞いて。本当は私は君を抱いて寝たいの。でも押しつぶしたり寝ぼけて投げて壊したりしたくないから仕方なく頭の横に置いてるわけ。わかった?」
『起きたときのあなたの顔、ハチの巣みたいになってて気持ち悪くないですか?』
「うえー、思い出させないでよ…」
『それがいやならやめませんか』
「じゃあタオルを敷く」
『…』
****
「うーん、ツールバーでいらないアイコン消したいんだけどどうすればいいんだろう」
『説明書には書かれていないんですか』
「ルールを知らないゲームでカードを渡されても、どう使えばいいかわからない」
『それじゃあ、Vue、でしたっけ?そちらの説明書と照らし合わせるのはどうでしょう』
「私の予想だとそれでもわからないからJavascriptの書き方までさかのぼることになる」
『い、急がばまわれともいいますし…』
「私がやりたいのは本を読むことじゃなくて手を動かすことなの!!」
『う、うーん、そうなんですか…。でも、いったいどうしましょう。考えてわかることでもないですし…』
「…見せてやるよ。ウェブ検索のちからを」
『おお』
私は決意を胸に秘め、Chromebookのアドレス欄にカーソルをおいた。
「君を買ったとき、箱に何て書いてあった?」私はC202SAにたずねた。
『え!?し、知りませんよ、ぼくは中で眠ってたんですから…』
「 "In Search Of Incredible"。そう書いてあったんだよ」
『へ、へえ…それで、意味は』
「知らないよそんなの!」
『ええええええええぇぇぇぇぇ…』
C202SAのどこまでもどこまでも続く叫び声をあとに、私はウェブの荒波へと飛び込んでいった。
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