012: magit-checkout

『お前はここがどこかわかるのか?』クロメがたずねる。


「霊山だよ」

バツはなつかしそうに,そしてどこかさびしげな調子で言った。

『霊山?』

「こうしちゃいられない。すぐみんなを助けに行かなきゃ ! 」

後ろを振り向き,駆け出そうとするバツ。

『待て』急にクロメが呼びとめる。

『いったん元の時代に戻るぞ』

「はぁ?どうして」

せっかく帰ってきたというのに。

『さっきおま…バツは歴史を辿 (たど) っただろう?』

「う,うん…って,ねえ,言い直してくれるのはいいんだけどさ,そんなに私の名前呼びたくないの?」

『魔族は口が悪いんだ』「そういうときだけ君は都合よく自分のこと魔族って言うよね」

『君…か』「ん?」

『いや。話を戻そう。Git には確かに過去を変える力がある。だがそのためには,全ての記録と整合性をもたせなければならん』

突如として専門的な話になり,バツの心が離れてゆく。その雰囲気を嗅ぎとったクロメは例を出す。

『たとえば,『ある魔族が君の友人を殺した』,と記録されていたとしよう』

「…」バツの顔が曇る。『たとえばの話だ。それを君は過去に戻って止めたいと考えている。そうだな?』「…うん」

『だが過去に戻って魔族を倒しても,それだけでは歴史は変わらない』「どうして?」『その魔族が友人を殺すという記録と矛盾するからだ。記録と矛盾する変更を Git は受け入れない』

「…」疑問符の浮かんだ顔のまま,バツが固まっている。

『はぁ…まだわからんか。じゃあ奥の手だ。君がある日,ごちそうを食べた,と日記につけたとしよう』「うん」『その直前に俺が戻って,食材を盗んだらどうなる?』

「代わりに君を食べる」

『…豪快だが,まあいいだろう。記録を変えるなら,それと関わる出来事も矛盾がないように変えなければいけない。わかったな?』

バツは嫌な予感がした。「…じゃあ,過去を大きく変えようとしたら…」

『それだけたくさんの矛盾を解決しなきゃいけなくなるだろうな』

「はぁ…」バツがガックリと肩を落とす。


と,きらりと目を大きく開いて言った。

「やるよ」

『ほう』「いったん元の時代に戻るんでしょ。行こう」『理由は聞かないのか?』「むこうに着いてからゆっくり聞く。それでいい?」『かまわん』


バツは両足を肩幅に開き,剣を構えた。過去に戻ってから初めての詠唱。邪悪な気配に鳥が飛び立つ。

C-x g

Head:     scelus

『俺の予想が正しければ, b b ⏎ で帰れるはずだ』「わかった」

b b

「く…っ」痛みに顔が歪む。それでも黒い目は開いたまま,正面を見つめる。

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master
origin/master

...

『よし,そのまま だ』

「ねえ」『ん?』「さっき,私のこと『君』って言ってくれたよね」

『…それが何だ』「ありがとう」

またしても突風がバツに吹きつける。

「… ! ! 」

Head:     master Add end
Merge:    origin/master Add end

一瞬にして世界が暗闇に包まれる。イバラの樹々。厚く垂れる黒い雷雲。

それは魔族に蹂躙 (じゅうりん) された,終わりの世界であった。



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