020 stash

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Stashes (1)
stash@{0} On primus: 0bfd8ed In the beginning there was darkness

ぱちっ。

穏やかな風が頬をなでる。バツは身体を起こした。


『…間一髪…だったな…』

その声とともに,黒い目がうずく。「クロメ?」

『まったく…無茶なことを…する…』「どうしたの?なんか,声が変だよ?」

キィーン ! ひどい耳鳴りに思わずバツが頭を抑える。

『お前の…身体を使って…俺が…詠唱…した…』

「え?」

クロメの言葉でバツの記憶が一気によみがえってくる。


「あ…」震えが止まらず,両手を抱える。

『…いいか…大事なことを言う…一度しか言わないからな…』

「ふっ…ふぅっ…」返事をせず,ひたすら頭をかきむしるバツ。こんな状態のバツを置いていかなくてはならないのは心残りだが,クロメにはもう時間がない。

『お前を救った…のは… stash …という…呪文…だ…道を…誤った…とき…はじめの…場所に…戻…れ…る』

クロメの声が小さくなってゆく。

『俺…まで…生き…ろ…』

ふっ。

黒い目が閉じた。


「…。あっ」

どれほどの時間がたったか。バツがふっと我に返る。周囲が薄暗い。いや,違う。片目が閉じているのだ。

「あれ?クロメ?」

またどこかへ作業に向かったのだろうか。いや,それよりも,戻ってきたのだ。最初の地に。地獄の門が開いた瞬間に。

「小五院 (しょうごいん) を助けにいかなきゃ」

日は傾いているがまだ時間はある。バツは立ち上がり,山の民の集落へ足を向けようとした。

かたかたかた。

「あれ?」

足が震えていうことをきかない。それだけではない。猛烈なめまいと吐き気,頭痛が襲ってくる。

立っていることができず,木によりかかってへなへなとその場に座りこんでしまった。

「どうして…」

焔丸の助けがなければ小五院が魔族の手に落ちてしまう。なのに,どうしても身体がそちらに向いてくれないのだ。

「お願い…」両手を組んで祈る。けれども頭から足の先まで,バツの全てが拒否していた。

時間は刻々と過ぎてゆく。いまこの間も守護七院は押しよせてくる魔族と戦っているだろう。

自分が,自分がやるしかないのだ。

自分は集落へは行けない。けれども焔丸はどんな騒ぎにも飛んでくる。それならやるべきことはただひとつ。

バツは剣を取って立ち上がり,大声で叫んだ。

「魔族だ ! 魔族の群れが現れた ! ! 小五院が魔族に襲撃された ! ! ! 」

そう叫んで森の周辺を狂ったように走りまわる。のどが潰れるのも構わず。何度も。

何度も。


「親方」「ん?」

昼寝をしていた焔丸のもとへ,山の民きっての耳の良さをもつ,兎の耳 (とのみ) がやってきて言った。

「小五院が魔族に攻められてるって,大声はりあげてるやつがおります」

「あん?聞き間違いじゃねえか?」身体を起こして片方の眉を大きくつりあげる。

小五院は強い霊力で守られた聖域。並の魔族じゃ近寄ることもできないはずだ。

「確かにそう聞こえましたが…どうします?」

「そうだな」

焔丸はぽりぽりと腹をかく。

「おい,鷹の眼 (たかのめ)」「へい」「お寺さんとこがどうなってるか見てくれや」「わかりやした」

言われるがはやいか,鷹の眼は大木をするするとのぼり,てっぺんから顔を出して小五院の方角を見る。

「親方ー ! 」鷹の眼が下に向かって叫んだ。「おー,どうしたー?」「小五院の方から煙が何本もあがってますー」

それを聞いた焔丸。兎の耳と目が合うと,にやりと笑った。


「面白そうじゃねえか。いっちょ俺らも混ぜてもらおうぜ」



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