013
バツとクロメが出会った時代。そこに戻るやいなや,クロメが矢継ぎ早に呪文を指示する。注文の多さにバツの頭がパンクし,目を回した。
「ちょ,ちょっと待ってよ。そんないきなりたくさん言われても無理だって。何を焦ってるの?」
『焦ってなどいない。修正しようとしているだけだ』
修正?
「…もしかして,間違えたってこと?」
一瞬,クロメが沈黙する。その隙をバツは見逃さなかった。
「へぇー。ふーん。これまで偉そうな態度をとって,私にこんな痛い思いさせておきながら間違いでしたとはねぇー…」にんまりと意地悪そうな笑顔を見せて言う。
『間違ってなどいない。当初の予定が狂っただけだ』
「ほぉー。じゃあその予定とやらを聞かせてもらいましょうか」
詰め寄るバツに,クロメは『おっほん』とわざとらしく咳払いをした。
『いいだろう。俺は人間がもっと簡単に滅ぼされたものだと思っていた。だからさっき地獄の門が開いた瞬間に戻ったのだ。すぐに過去を変えられるだろうと思ってな。…ここまではわかるか?』
「記録が少なければ,過去を変えるのも簡単だから,ってこと?」
『そのとおりだ。理解が早い』
「んふー」素直にほめられたバツが満面の笑みを浮かべる。
『…気持ち悪いやつだな』「なんだって ! ?」『いや,なんでもない。続けるぞ。そのとき, magit-log
が想像以上の量だったことを思い出した』
「 magit-log
?」『君が指でなぞった記録のことだ』
「ああ,あれ magit-log
っていうんだ。たくさんあった」
『そうだ。もし君があの大部分に手を加えようと思っているなら,ちゃんと計画を立てなくては必ず破綻する』
クロメの揚げ足をとるつもりで聞き始めたバツ。だが思ったよりも納得できる説明に,身体がむずがゆくなる。
「君…思ったより真面目なんだね」『おい,ずいぶん失礼な言い方だな』「だって会ったばかりのときはもっと小物な感じしたよ? 『○○だぜえ〜』なんてさ」『君も虚勢を張るばかりの臆病者だったな。『ワガハイは戦士である ! 』』「ワガハイなんて言ってないよ」
そうしてバツがくすくすと笑い,ふいに寂しげな目をした。
「魔族も君みたいな人たちばかりだったらよかったのに…」
『…』
終わったはずの世界に,わずかに穏やかな時間が流れた。
「それで,計画を立てるためにここに戻ってくる必要はあったの?」『大有りだ。まずこの場所で,これまでの歴史を複製 ( fork
) する。そこでは君が神だ』
神。その甘美な響きにバツはうっとりとする。
「か,かっこいい…何言ってるかよくわからないけど。 fork
?」『そうだ。さっき君が戻った過去の世界も,正確には元の世界, master
の複製だった。 scelus
という名のな』
世界。複製。神。地獄の力の底知れなさにバツが圧倒される。
『俺の予定はこうだ。ここで作ったもう一つの世界,仮に名前を poena
としよう。その世界で君は好きに暴れまわればいい。ただし元の世界と矛盾しないよう調整しながらな。それが済んで,君の望んだ世界になったら,元の世界と融合させる』
「え?融合させるなら,わざわざ世界を分けなくてもいいじゃん。少しずつ変えていけば」
『それだとやつらに気づかれる』
「やつら?」
『魔族が支配する,この世界を作ったやつらだ』
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