014
クロメの言った『やつら』という言葉に,バツは不吉なものを感じる。
「やつらって,なに?一人じゃないの?」
問いに答えず,クロメは『 C-x g
を唱えられるか?』とだけ言った。
バツは指をちらりと見る。痛みの記憶が背筋をはしる。
「それで正体がわかるの?」『ある程度はな。Git を呼び出したら l b
を唱えろ』
「…わかったよ」
しぶしぶとバツは剣を構える。
C-x g l b
c17e49d * Add end
37ed33a * Merge pull request #1 from los/develop
|\
057a972 | * Merge branch from cre/develop
| | \
e869d21 | | * DID dtower
...
バツの前に,見覚えのある記号の群れが現れる。
『 2 行目と 4 行目に同じ文字があるのがわかるか?』
バツは目をこらす。「うん。読めないけど,2 ヶ所ある」
『先頭にあるのが Merge
という呪文だ。これは二つの世界を融合する』
「へえ,そうなんだ。…って,融合するって,それ」
『そうだ。この世界に,俺たち以外に Git を使ったやつらがいる』
この世界に,地獄の力で歴史を変えた者がいる。クロメの告げた恐ろしい事実に,バツは痛みも忘れて聞き入ってしまう。
「名前はわかるの?」『正確な名前はわからないが,そいつらは los
と cre
という名を名乗っている』「二人も…」
『そいつらは何らかの目的があって,自分たちに都合がいいように世界を変えた』
「じゃあ,この世界は本来の世界じゃないってこと?」『…『本来の世界』…か。Git がこの世界に現れてしまった時点で,その意味もあいまいになったがな』
そう。地獄の門が解き放たれ,Git がこの世に現出した以上,Git が反映したものが世界のありかたを決める。
「天界は何も言わないの?」『自分たちに影響がなければあいつらは興味をもたない。今回のことも,ただの戯れとしか思っていないかもしれない』
「たわむれって…」
バツが拳をにぎりしめる。
「そんな遊びみたいな気持ちで私たちがこんなひどいめにあったってわけ ! ?」
激昂するバツにクロメが驚く。『お…おい』
「絶対,ぜったい許さない ! ! 地獄の偉いやつらも天界の偉いやつらもみんなぶん殴ってやる ! ! 」
バツは思いきり拳を振り,召喚された Git をうちぬいた。Git の幻影は揺らぎもしない。だがその拳は,人知を超えた者たちに対するバツの決意を示していた。
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