018

森の中,樹の洞 (うろ) にすべりこんだバツは,息をころして追手が去るのを待った。

やがて声が聞こえなくなり,ほっと一息つく。

『今のは何だ』

「近くの村に住んでる人たちかも」バツがひそひそ声で話す。「地獄の門が開く前も,魔族は私たちの世界にたまに現れてたから…あっ ! 」

ふと何かに気づき,身体を起こすバツ。『なんだ。どうした』

「あの人たち,このままじゃ魔族に殺されちゃう」『なぜわかる。それに』

クロメをさえぎるようにバツが言う。「あちこちで地獄の門が一斉に開いて村や町を襲ったんだ。あの人たち,まだそれに気づいてないよ,たぶん」

『待て』クロメが止めるのも構わずバツが外に出る。『待て。俺たちはいつでも過去に…』

「人間ども ! 私はここだ ! かかってこい臆病者 ! 」

ありったけの声で叫ぶ。

「あっちで声がしたぞ ! 」

それほど離れていなかったのか,追手たちの声がした。

「やーい ! 人間ども ! こっちだ ! 」

そうしてバツは走り出す。

「見つけたぞ ! あそこだ ! 」


『何を考えている ! このままじゃ捕まって叩き殺されるだけだぞ ! 』

バツはそのとき,「もしあのとき」を思い出していた。

大零院 (だいれいいん) から小五院 (しょうごいん) への手紙を届けるさなか,地獄の門が開いた。あふれでる魔族に怯えたバツは,踵を返して大零院へと逃げ帰ったのだ。その後,孤立した小五院は陥落した。もしあのとき,ここで山賊団『山の民』の長・焔丸 (ほむらまる) に助けを求めていたら。小五院が襲撃されていると告げていたら。

山の民の集落はここからそう遠くない場所にある。もし魔族が向かっているとわかれば,すぐに駆けつけるはずだ。バツはひたすら集落を目指して駆けた。


「待てっ ! 」

バツが一瞬足をもつれさせた,そこに後ろから追手の一人が覆いかぶさってくる。

「ようやく捕まえたぞ魔族め ! 手こずらせやがって」

「待って ! 違う ! 私は…」

いくら魔族化して多少体力が増しているとはいえ,数人がかりではどうしようもない。あっというまにバツは縛りあげられてしまった。噛みつけないよう口に布を押しこまれ,話すこともできないまま,芋虫のように身体を動かしている。

クロメは『言わんこっちゃない』とあきれながら,この先待ちうけている運命に危機感を抱いていた。

「魔族の生き肝は不老不死の妙薬だっていうぜ。このまま売りとばしてやろうか」「そんなら俺たちが今食っちまえばいいんじゃねえか?」「いいねえ」

「… ! ! 」

もごもごと口を動かしながら,なんとか自分が敵でないと伝えようとする。だが言葉にならない。

「生き肝って腹にあるんだよな」「そりゃあな」「縄ほどいたら逃げられちまうんじゃねえか?」「そんなら手足を先に切り落せばいいだろ」

「(やめて ! ! )」

必死に嫌がり,身体を縮めるバツ,その両足が無理矢理伸ばされ,一人が斧をふりかぶった。

「… ! ! 」バツは恐怖で目を閉じた。


「おい,待てよ」



(c) 2018 jamcha (jamcha.aa@gmail.com).

cc by-nc-sa