019

壁板の隙間から夜明けの光がさしこんでくる。朝日を見られるなんていつ以来だろう。バツはあの黒雲に覆われた空を思い出していた。

霊山の誇りだった金剛閣 (こんごうかく) は,陥落したのち恨業閣と名前を変え,禍々しい雲を吹き出す煙突と化した。太陽は隠れ,黒雲が降らす赤い雨は大地を枯らしてゆく。残った数少ない人々は,矢尽き刀折れてもなお抵抗を続けたが,魔族の攻勢に抗うすべはなく,無謀な戦いを挑み,…そして敗れた。

…シン。


『…いい夢は見れたか?』

クロメがかすれた声で話しかけてくる。バツは返事もせず,小さくまばたきをした。

ちぎれた尾。ぼろぼろの身体。一晩中山賊団にいたぶられたバツは,もはや縄がなくとも動けないほどに深く傷ついていた。


「おい,待てよ」

斧で足をたち切られようというまさにそのとき,山賊団『山の民』の長・焔丸が現れた。騒ぎには真っ先に首をつっこむ度胸のよさで,絶大な支持を得ていた。

「俺らの縄張りで何やってんだ?ああ?」

腰に巻いた虎皮。バツにのしかかっていた人々はすぐに焔丸だと気づき,とびあがるようにして逃げていく。

助かった。バツはそう思ったことをのちに激しく後悔した。


「信じて ! 本当に小五院が襲撃されたんだ ! 」

焔丸に頭を踏みにじられたまま真実を伝えようとするバツ。だが魔族の身体ではいっこうに信用されない。

「お前ら魔族どもはそうやって俺のアニキを騙しうちしたんだろうが ! 」

そう言い放ってバツを蹴飛ばす焔丸。激しくせきこみ,涙をにじませながら,「お願い…小五院が…」とつぶやく。

「しつこいやつだ。俺の仲間そっくりな顔しやがって。余計に腹立つぜ。おい。こいつを小屋にぶちこんでおけ。俺は一応お寺さんを見に行ってくる」

「へい」

そうしてバツは集落の小屋に放りこまれた。それで済むはずもなく,暇をもてあました者たちによって好き放題にされた。中途半端に丈夫になってしまった身体も仇となり,より多くの苦痛を味わわされた。

それでも焔丸が小五院に向かったのなら。

守護七院が落ちなければ,金剛閣も金色の光を放ちつづける。人々は朝日をながめることができる。


ガラッ。

戸が開き,一人の山賊が荒々しい足音をたてて入ってきた。そうしてバツを俵のようにかつぐと表へ出る。

「連れてきやした」

ドサッと雑に落とされ,バツが苦痛にうめく。顔を上げると,そこには側近の一人,鷹の眼 (たかのめ) が立っていた。

「よくやってくれたな」

よくやった?

「ほ…焔丸は…」

ひび割れた口でなんとかバツが声をしぼりだすと,鷹の眼が無表情のまま返事をする。

「死んだよ」

「え…?」

鷹の眼の顔がみるみる怒りに満ちてゆく。

バツは胸倉をつかまれ,持ち上げられた。

「へっ ! 大人しそうなふりして親方をやりやがって ! まともに戦ったら勝ち目がねえからってか?ほんとうに魔族は救いようがねえ極悪どもだ ! 」

鷹の眼は振り返って皆に言う。

「みせしめだ ! 山の民にケンカを売るとどうなるか見せつけてやろうぜ ! 」

「おおー ! ! 」



あれ?

どうして私,犬の群れのなかで吊るされてるんだっけ。

なんでみんな喜んでるの?

小五院の人たちが助かったからかな。

もう,誰か知らないけど,頭の中で叫ぶのはやめてよ。

疲れてるんだから,すこし,眠らせてよ…。



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