010

「どうして?どうして無理なの?」

先ほどまで威勢のよかったバツは急にうろたえ,弱々しい様子になる。

『俺が魔族だからだ。門が開く前,この世界がどうなっていたか俺は知らない』

「私は知っている」

『俺が知らないと言っているだろう。Git は地獄の力だと言ったはずだ。門が開く前,この世界に Git の力は及んでいなかった。いくら Git でも,管理していない情報までは追跡できない』

全能とも思えた Git の落とし穴。バツの顔がくしゃっと歪み,へなへなと座りこんでしまう。

「それじゃあ,意味ないよ…」

『ではやめるのか?』

「…だって,魔族には勝てないもん…」

『そうか。それなら俺と会ったときのようにいつまでもめそめそと泣いていればいい』

ふがいない,といった様子でクロメが挑発する。

バツの表情がキッと変わった。

「泣いてないよ ! 」

『おおこわい。その調子で魔族とも戦えるんじゃないか?』

「いいよ,やってやるよ」

バツは立ち上がると,身体についた砂をはらって剣をとった。

「クロメ,門が開く前,地獄がどうなっていたのかは知ってるんだな?」

『ああ,そうだ』

「じゃあ地獄に連れていけ。門が開くまでに全部この剣でぶっとばす」

そう言ってバツは剣を高々とかかげた。


『いや,それはやめたほうがいい』

思わぬツッコミに,バツがバランスを崩す。「どうして」

『 Git は地獄の力だと言っただろう。俺しか知らないとでも思っているのか?』

「あ…」『お前が地獄に行ったところで,何もできずに消されるのがオチだ。消されて済めばいいが,もし興味でも持たれてみろ。永遠の拷問を受けることだってある。たとえば…』

「やめて ! 」無駄とわかっていながら,ついバツは耳をふさいでしまう。

「わかったよ…地獄に行くのはやめる。でも,じゃあこっちの世界で Git を使える魔族はいるの?」

『…さあな。それほど力のある魔族が門を出てこられるとは思えんが』

「え?誰でもこっちに来れるわけじゃないの?」『そうだ。そんなことになれば天界が黙っていない。人間と魔族が戦うまでもなく,この世界は一瞬にして浄化される』

地獄。天界。過去を変える力。おとぎ話のような言葉が次々とクロメから飛び出してくる。

「じゃあ,この世界にいる魔族なら,私でも勝てる…かも?」『わからん。おま…バツが Magit を使いこなせれば,あるいはな』

「うむ。礼儀正しくてよろしい」ちゃんと言い直したクロメをほめるように,バツは黒いまぶたの上をなでた。


『どこに行くかそろそろ決めたか?』

「決めた。この世界で君が知ってる一番古い場所まで」

『地獄の門が開いた瞬間か』「うん」

『いいだろう。その前にひとつ,血を必要としない地獄の呪文を教えておく。Git に命令を下す,とても重要なものだ』

「どんなもの?」

「…」バツの目がおよぐ。『もう一度言うぞ。

バツは口をまごつかせるが,うまく聞き取れないようだ。「ね,ねえ,さっきの Esc みたいな代わりの言い方はないの?」『ない』「そんなぁ…」

それからしばらくバツは を練習するはめになった。



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