021
「おらぁ ! 」
荒楽 (あらら) のたたきつけた大きな拳で魔族がはじけとぶ。
「ぶふー…」
残心。血まみれの拳を振ってしびれを払い,すぐに構え直す。
「ハァ…さすがにしんどくなってきやがった…」
「なんだ,もう音 (ね) をあげたか?」背中合わせに立つ彌分 (やぶ) が冷笑する。「俺の神剣ハヤブサはまだ血が足りないと言っているよ」
そう言って剣を回す彌分。だがその刃はすでにボロボロだ。対する荒楽の鉄甲もとうに割れ,骨をむきだしにした拳で戦っている。
突如として現れた魔族の大群は小五院 (しょうごいん) の霊力にひかれ,襲いかかった。頑丈な霊壁は魔族の侵入を許さない。それでも魔族の数はあまりに多く,衝撃を受けつづけジリジリとその面積を縮めていった。ゆえに荒楽たち小五院守護は,本殿を守るべく,結界の外で果てのない戦いを続けていたのだ。
小五院には街の人々が避難し,魔族に怯えている。ぼろぼろに崩れた街並みにはかつての面影など微塵もない。そんな地上の混沌とは対照的に,夜の中天に輝かしい月がのぼり,がれきのシミまで浮き出るほどに明るかった。
「俺が守るんだ ! 」
荒楽の拳は大柄な魔族の急所をとらえ,紫色の返り血をあびる。
眉をしかめながら,にやりと笑う荒楽。引き抜いた腕がだらりと力なく垂れ下がる。
「荒楽 ! 」彌分が叫ぶ。
「彌分 ! 後ろだ ! 」腕をかばいながら声を張りあげる荒楽。
ずるっ。
「…」
彌分の背中に牙をたてていた魔族が,皮膚まで達することなくくずれ落ちる。肩口から神剣を引き抜く彌分。だがその刀身は硬い牙によって半分近く失われている。
視線をかわす二人。一方は利き手が砕け,もう一方は刀が折れている。
「…ふっ」
「へっ」
「はっはっは」
「あーっはっは」
互いの顔があまりに情けない表情だったのか,こみあげるおかしさを抑えきれない。二人で腹をかかえて大笑いする。
その間も次々にわきでる魔族たちが,二人の周りを取り囲んでゆく。
「俺はお前がくたばるのを待っていたぜ」「奇遇だな。俺もだ。お前がいなくなれば,お張子 (はりこ) 様の頭痛の種がなくなる」「はっ。鏑穂 (かぶらほ) が嫌ってんのはお前だろ?やれ儀式だのしきたりだのネチネチうるせえんだよ」「なにっ」「なんだよ」
「…」「…」
二人は背中合わせになって言った。「それじゃあどっちが生き残るか勝負だな」「言うまでもない。俺の勝ちだ」「最後まで口の減らねえ野郎だ」「お前もな」
荒楽と彌分は構え,そして魔族の群れに飛び込んでいった。
「うおおおおお ! 」
どぉん ! どぉん !
夜空に大きな花火がいくつもあがった。あっけにとられる荒楽と彌分。
小五院を取り巻く魔族,その一端が急速にばらけていく。
「野郎ども ! 祭りの時間だ ! 派手に暴れてやろうぜ ! 」
「おおー ! 」
「へっ。あいつら,おいしいところだけ持っていきやがって」
鼻をこすり,わずかに微笑む荒楽。彌分も「ふん」と顔をそらしながらも,心なしか喜んでいるように見えた。
焔丸 (ほむらまる) 率いる山賊団『山の民』が,小五院に到着したのだ。
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