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「む…」

話を聞き終えた鏑穂 (かぶらほ) は呪印から手を離し,考えこむ。

と,髪が逆立ち,さらに強い霊力を呪印に込めた。「あっ…ぐうっ…」バツが意識を失ったまま,苦しそうにうめく。

「よ…よせ。本当に…死ぬ…ぞ…」クロメが途切れ途切れに言う。

「そんなたわごとを余が信じると思ったか?」

滅亡。予言。時間渡り。危機に乗じて人を騙そうとする言葉のオンパレードだ。それを人を乗っ取った魔族が言うのだ。誰が信じよう。

「信じる…信じないは…お前の勝手…だが…な…うぐっ…バツ…も…人を見る…目が…ない…こん…な…」

「ごふっ」

バツが紫色の血を吐いた。鏑穂がその口を吸い,ぺっと横に吐き出す。胸に耳を当てると,鼓動が弱まっている。

「ここまでか…」鏑穂の手から霊力の光が消える。

「彌分 (やぶ) ! そこにおるな?」

「はっ ! 」

仕切りをずらして彌分がのぞきこむ。そうして抱き合う二人に赤面し,「し,失礼いたしました ! 」と顔をそらす。

「何を勘違いしておる。お前,魔族の手当ては得意だったな?バツを頼む。よいか。決して,決して死なせてはならぬぞ」

「お任せを ! 」鏑穂の頼みであれば,どんな些細なものでも彌分は快諾する。とはいえ,ついさっきまで魔族を屠っていたその腕で,こんどは魔族を助けるはめになろうとは。しかも相手は大零院の使いだった者である。この異形の者たちは思わぬところに潜んでいるのではないかと,動揺を隠しきれない。

鏑穂は杖を持って立ち上がると,バツを抱く彌分の横を通った。「お張子 (はりこ) 様。いずこへ」

「焔丸 (ほむらまる) 殿に話を聞きに行く。バツの先読みの能が真であるかを確かめるためにな」

ふらっ。

鏑穂の身体が傾 (かし) いだ。壁に頭を打ちつけてしまう。

「お張子様 ! 」彌分がバツを投げ出して駆け寄る。

「大事ない。少しめまいがしただけじゃ」

そう言う鏑穂の息は荒く,顔から血の気がひいている。

「どうかお休みください。我らを守るために一晩中霊壁を張られ,そのうえこれから蛮族と話をするなど」

「余の心配をする暇があるなら,バツの世話をせい ! 」

壁によりかかったまま,力をふりしぼって鏑穂が叫んだ。

「は,ははっ ! 」

鏑穂の命令は絶対。けれども足元さえおぼつかない様子なのに,目を離さねばならないとは。彌分は胸がはりさける思いであった。


鏑穂は杖を鳴らしながら,本殿へと向かう。もし魔族の言葉だけであれば,ただの戯言として取りあわなかった。だが,これまで連絡を欠かすことのなかった,鏑穂の隠密・凶 (まがつ) が帰ってこない。それがひっかかる。

バツに取りついた魔族が万一本当のことを言っているのなら,時間がない。

大零院が,落ちる。


「これ,焔丸殿」

本殿で大の字になって眠っていた焔丸。その頬がぱちぱちとはたかれる。

「んあ?…おおっ ! 」

目を覚ました焔丸の顔にとびこんできたのは,両目のない鏑穂の顔であった。反射的に身体が飛びのいてしまう。

「なんだあ?お張子さんじゃねえか。おどかすなよ」

鏑穂はフッと笑みを浮かべて聞く。

「焔丸殿。聞いておきたいことがあるのだが,よろしいか?」



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