026
「む…」
話を聞き終えた鏑穂 (かぶらほ) は呪印から手を離し,考えこむ。
と,髪が逆立ち,さらに強い霊力を呪印に込めた。「あっ…ぐうっ…」バツが意識を失ったまま,苦しそうにうめく。
「よ…よせ。本当に…死ぬ…ぞ…」クロメが途切れ途切れに言う。
「そんなたわごとを余が信じると思ったか?」
滅亡。予言。時間渡り。危機に乗じて人を騙そうとする言葉のオンパレードだ。それを人を乗っ取った魔族が言うのだ。誰が信じよう。
「信じる…信じないは…お前の勝手…だが…な…うぐっ…バツ…も…人を見る…目が…ない…こん…な…」
「ごふっ」
バツが紫色の血を吐いた。鏑穂がその口を吸い,ぺっと横に吐き出す。胸に耳を当てると,鼓動が弱まっている。
「ここまでか…」鏑穂の手から霊力の光が消える。
「彌分 (やぶ) ! そこにおるな?」
「はっ ! 」
仕切りをずらして彌分がのぞきこむ。そうして抱き合う二人に赤面し,「し,失礼いたしました ! 」と顔をそらす。
「何を勘違いしておる。お前,魔族の手当ては得意だったな?バツを頼む。よいか。決して,決して死なせてはならぬぞ」
「お任せを ! 」鏑穂の頼みであれば,どんな些細なものでも彌分は快諾する。とはいえ,ついさっきまで魔族を屠っていたその腕で,こんどは魔族を助けるはめになろうとは。しかも相手は大零院の使いだった者である。この異形の者たちは思わぬところに潜んでいるのではないかと,動揺を隠しきれない。
鏑穂は杖を持って立ち上がると,バツを抱く彌分の横を通った。「お張子 (はりこ) 様。いずこへ」
「焔丸 (ほむらまる) 殿に話を聞きに行く。バツの先読みの能が真であるかを確かめるためにな」
ふらっ。
鏑穂の身体が傾 (かし) いだ。壁に頭を打ちつけてしまう。
「お張子様 ! 」彌分がバツを投げ出して駆け寄る。
「大事ない。少しめまいがしただけじゃ」
そう言う鏑穂の息は荒く,顔から血の気がひいている。
「どうかお休みください。我らを守るために一晩中霊壁を張られ,そのうえこれから蛮族と話をするなど」
「余の心配をする暇があるなら,バツの世話をせい ! 」
壁によりかかったまま,力をふりしぼって鏑穂が叫んだ。
「は,ははっ ! 」
鏑穂の命令は絶対。けれども足元さえおぼつかない様子なのに,目を離さねばならないとは。彌分は胸がはりさける思いであった。
鏑穂は杖を鳴らしながら,本殿へと向かう。もし魔族の言葉だけであれば,ただの戯言として取りあわなかった。だが,これまで連絡を欠かすことのなかった,鏑穂の隠密・凶 (まがつ) が帰ってこない。それがひっかかる。
バツに取りついた魔族が万一本当のことを言っているのなら,時間がない。
大零院が,落ちる。
「これ,焔丸殿」
本殿で大の字になって眠っていた焔丸。その頬がぱちぱちとはたかれる。
「んあ?…おおっ ! 」
目を覚ました焔丸の顔にとびこんできたのは,両目のない鏑穂の顔であった。反射的に身体が飛びのいてしまう。
「なんだあ?お張子さんじゃねえか。おどかすなよ」
鏑穂はフッと笑みを浮かべて聞く。
「焔丸殿。聞いておきたいことがあるのだが,よろしいか?」
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