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その声はバツの耳にも届いた。身体がこわばる。

人の群れは徐々に大きくなってゆく。その目は不信,怒り,憎しみに満ちている。彌分 (やぶ) は特定の誰かに視線を合わせることもなく,それでいて決してそらさずににらみ返す。

どこから漏れたのか。魔族がここにいると。いや,誰もが見知ったこの地において,まぎれこんだ異形の者が見つかるのは時間の問題だったのかもしれない。

「彌分様は魔族をかくまっているんですか」一人が言う。「魔族は俺の家を焼いた」「うちもだ」

ざわめきがどんどん大きくなる。まずい。

がさっ。

彌分の後ろからバツが姿を見せた。「隠れていろ」そう言うのもきかず,皆の前に出る。黒い片目に影がまきついたような腕。そして腹部の呪印。

「ひっ」そのおぞましさに人々が震える。と,勇気を出した一人が石を投げ,それがバツに当たった。

「うっ…」

「やめろ ! 」彌分が叫ぶ。頭を抑えるバツ。手の平を見ると,紫の血がにじんでいる。

彌分一人ではこの場を収めきれない。人が地獄の門を開こうとしている。


「バツ ! 」


野太い声が皆の腹に響いた。ひときわ大きな身体が目立つ。

荒楽だった。

そのままズタズタと進み,バツの真正面に立つ。

バツの全身を覆う影。口を真一文字に結んでいる。

「バツ ! 」大きな声にバツの身体がはねあがる。


「すまん ! 俺はお前が怖かった ! ! 」


荒楽がバツの腰まで頭を下げた。

その場にいた皆が呆然としている。

「俺はお前が魔族だと聞かされたとき,お前が怖くなった。だからお前が俺に助けを求めていたときも逃げちまった。俺は俺が許せない ! 」

荒楽はそれからありったけの気持ちをこめて詫び続ける。それを見た彌分は絶好のタイミングだと思った。このデカブツがいれば何とかなるかもしれない,

彌分はバツの隣にやってくると,布でバツの頭を巻いて止血する際,ひそひそと耳打ちする。

「え,ええと…」

「…」荒楽は目をつぶったまま,覚悟している。

「それじゃあ,私とひとつ,約束をしてください。そうしたら…許して,あげます」

荒楽がバツの言葉に顔を上げる。


「壊れた家を直すの,手伝ってくれませんか?」


人々の生み出した憎悪の炎がゆらぐ。バツが彌分を見上げると,満足した表情が返ってきた。

「それは余からも頼もうと思っていたところじゃ」

杖がシャランと鳴り,鏑穂 (かぶらほ) が再びやってきた。「まったく,荒楽は心の修行が足りぬ」

そう言って後ろから荒楽の尻を杖で小突いてどかせると,バツの前に立って言う。

「焔丸が水に飲まれるとどうしてわかったのだ?」

まるで騒動のことなど知らないかのように問う。

「え,ええと,それは」

「正直に言うてみよ」

バツが記憶をたどって言う。「私は,焔丸がそのままだと小五院にたどりつけないのを知っていて」「時間渡りか」「はい,それで,その理由を調べたら」

「水に飲まれたのだと思ったのだな?」バツが「はい」と言ってうなずく。

「ふむ,水が来るとどうしてわかったのだ?」

鏑穂に正面から見据えられ,照れるバツ。顔をそらしながら言う。「それは…袋が」

「袋?」「歩けるくらい川の水が少ないのに,砂を入れる袋が」「土嚢 (どのう) のことか?」「えっ?」「水をせき止めるための砂袋じゃ」「はい,それが流れてきて…」

鏑穂が怪訝 (けげん) な顔をする。なぜその袋が土嚢袋だとわかったのか。米を入れるものでも肥料を入れるものでもなく。

もしバツが本当のことを言っているなら,理由はひとつ。バツはそれが土嚢として使われている場面を見たのだ。

「誰がやったのかわかったのか?」

バツが頭を抑えたまま,首を横に振る。


鏑穂は「ふっ」と口の端を上げ,面白い状況になっていると思った。

…我らのなかに裏切り者がいるようじゃ。



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