022
山の稜線が白み,次第に大地を明るく照らしてゆく。一晩にわたって続いた魔族との大決戦は,小五院守護と山の民による挟撃が成功し,人間たちの勝利に終わった。未曾有の危機を乗り越えた人々は,各々の命が今もあることを歓喜している。
最後まで先頭で戦っていた荒楽 (あらら) と彌分 (やぶ)。二人を照らす朝日が長い影をつくり,互いに亡霊ではないことを知らせる。
「どうにか,生き残れたみてえだな。無事とは言えねえが」
「俺はお前が生き残ってしまって残念だよ」
そう皮肉を言う彌分に憤慨する荒楽。けれどもすぐに,フッと笑顔になった。ひんやりとした風が身体の火照りを静めてゆく。
「よお,お二人さん。朝っぱらから逢い引きですかい」
山の民の長・焔丸 (ほむらまる) がにやにやしながらやってきた。二人が無事なことを喜ぶ。無礼な発言に怒鳴る彌分。焔丸は片耳を抑えながら荒楽の話を聞いた。
「よく俺たちのことがわかったな」
「ああ,お前らが魔族にやられてるってあいつが教えてくれてな。おい ! 」
焔丸が後ろに向かって呼びかけると,歓談していた兎の耳 (とのみ) がやってきて,背負っていた者を下ろした。
焔丸愛用の虎皮を羽織り,ぺこりとお辞儀をする。
「よお,バツじゃねえか」荒楽が大きな手でバツの頭をわしわしとかく。
「大零院からの便りか?向こうは安全なのか?なぜ手ぶらなんだ?」大零院が気になる彌分が次々にたずねる。
「積もる話はお寺さんの中でしようや。歓迎してくれるんだろ?」焔丸が杯をあおる仕草をする。
「冗談じゃない。山賊ふぜいが」と話しかける彌分を荒楽が傷だらけの手で制す。「お前らのおかげで街の人たちはみんな無事だ。ありがとよ。お前の顔が見られれば鏑穂 (かぶらほ) も喜ぶと思うぜ」
それを聞いた焔丸が後ろに向かって叫ぶ。「野郎ども ! お寺さんが俺らを祝ってくれるってよ ! 蔵の酒ぜんぶかっくらってやろうぜ ! 」
「おおー ! 」
「ちょっと待て。俺はそんな許可…」彌分が止めるのもきかず,山の民が次々と横を過ぎて本殿へと向かってゆく。本殿に蛮族を迎えいれることになるなんて,と肩を落とす彌分。と,何かに気づき彼らを追いかけながら叫んだ。
「お,おい ! 入るときは履物を脱げよ ! 土足は許さんぞ ! 」
はっはっは,と彌分を見送る荒楽。と,棒立ちのバツに気づく。兎の耳がうながすのを拒み,もじもじとしている。
「ん?どうした?」
片膝をついてバツの顔をのぞきこむ荒楽。目をそらすバツ。
「このこ,足をケガしていて歩けないんですよ」と兎の耳。「なんだ。そんなことか。俺がおぶっていってやるよ。さ」
そう言ってつかもうとした腕が払われる。いつものバツと違う様子を荒楽がいぶかしむ。
「何だ。気になることがあるなら言ってみろよ。こう見えて俺も坊主のはしくれだからな」
口をもごもごとさせるバツ。歯を見せて笑う荒楽。
「ごめんなさい…。私,行けません。小五院には入れません」
奇妙な返事に目を丸くする荒楽。「どうして?大零院からの手紙を失くしたからか?」そう言ってからかい,緊張を解こうとする。
「…あ…」両手で顔を覆い,指の隙間からわずかに地面を見るバツ。
「…です」
「え?」
「私…魔族なんです」
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