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小五院 (しょうごいん) 本殿からやや離れた座敷に,鏑穂 (かぶらほ) と向かいあって焔丸 (ほむらまる) が座っている。部屋の隅にある一本のロウソクは二人を照らし,外に人の動きがあれば揺らめいて知らせる。

バツの正体を知らされた焔丸は,頭痛の残る頭をぽりぽりとかき,複雑な表情を浮かべている。魔族はアニキの命を奪った仇,けれども自分たちの命を救った恩人でもある。

それは鏑穂にとっても同じだ。魔族は小五院の人々から家族を奪い,多くの者を傷つけた。だが焔丸に危険を知らせ,結果,小五院は守られた。

「では我らが危機にあると知らせたのはバツなのだな?」鏑穂が問う。「ああ,兎の耳 (とのみ) の耳は間違いねえ」

「それで,大川で水があふれるのを知らせたのもバツであると」「そうだ。鷹の眼 (たかのめ) がまっさきに足跡を見つけた」

「足跡?」「血の足跡だ」

小五院へ向かう途中,鷹の眼は赤い足跡が点々を続いているのを見つけた。それはバツが倒れていた場所の先にもあった。つまりバツは一旦進んだものを,戻ったのだ。焔丸の言葉が正しければ,『山の民』を洪水から救うために。

やはりバツに直接聞かねばならない。鏑穂は息をついた。

「お張子さんよ」話の間に割り込むように,焔丸が身を乗り出して聞いてきた。「何じゃ?」

「あんた,あの魔族を信じるのかい?」

その目にはロウソクの不規則な揺らめきがうつっている。鏑穂にはそれは見えない。だがその口調から,焔丸の戸惑いと苦悩が伝わってきた。


「あ,あの…」

空になった皿を手にし,バツがもじもじとしている。

「何だ」

彌分 (やぶ) は目を合わせないまま,仕切りの隙間から鳥の群れが舞うのを眺めている。

「お,おかわりって,ありますか…?」

申し訳なさそうに言う。その様子に彌分の表情がフッとやわらぎ,皿を受け取ると,桶の飯を山盛りによそった。「ほら」

皿を受け取ったバツは笑顔で礼を言い,むしゃむしゃと頬張る。

「はぁ」思わず吹き出しそうになるのをこらえ,彌分は無表情を保つ。

しばらく意識を失っていたバツ。熱が引いていき,目を覚ましてすぐ腹の虫が鳴った。そこで彌分は本殿から桶いっぱいの飯を持ってきたのだが,バツはそれをすぐにたいらげた。

新たに持ってきた二個目の桶も空になりそうだ。小五院の米を食らいつくすつもりだろうか。とはいえ,人がこんなに幸せそうに食事をとっていると,見ているこちらまで笑顔になってしまいそうになる。

…『人』が?

彌分とバツの目が合った。怒られたと思ったバツは,噛んでいたものをすぐに飲み込むと「すみません私…,食べすぎ…ですよね…」と謝る。なおも無言で彌分が見つめつづけるので,皿を置いて正座をする。

「飯はうまいか」ふいに彌分が聞いた。

「は,はい」バツが即答する。

「そうか。小五院の米は霊山でも一番だ。好きなだけ食うといい」

穏やかな表情で彌分が言った。そのときだった。

ドン。

壁に何かが当たったような音がした。

ドン。

間違いない。彌分が小屋の外に出る。数人が走って逃げていくのが見え,どこからか叫ぶ声がした。


「魔族は出ていけ ! 」



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