034 stash

バツが切れた指を見つめたまま,不満な表情をする。

「これの何がすごいのか,全然わかんないんだけど」

黒い目が細くなる。何かを企んでいるようだ。『そうか。じゃあその石を投げてから save stash を使ってみろ』「 save stash ?」『 z z だ』

「…」バツは横に置いてあった石を拾う。疑わしい顔のまま放られたそれは,土の地面に落ちて転がった。

z z ⏎

Head:     primus Ate delicious lunch
Merge:    origin/primus Merge pull request #17 from kaburaho/bottle

stash@{0} On primus: 7d16fbf Ate delicious lunch

「わっ ! 」

バツが飛びあがるように驚く。

石はバツの隣にあった。

『これが save stash だ。 commit した瞬間まで戻ることができる。逆も然りだ。 z p ⏎ を唱えてみろ』

少し乗り気になったバツが剣をなぞる。

z p ⏎

Head:     primus Ate delicious lunch
Merge:    origin/primus Merge pull request #17 from kaburaho/bottle

Unstaged changes (1)
modified gardenl5/objects.map

石はまるで瞬間移動したかのように,地面の上に転がっている。

pop stash で,君が石を投げた時間に進んだわけだ。 stash はいくつでも作ることができる。行き来するのも自由自在だ』

得意気に言うクロメ。バツはジワつく痛みを感じながら言う。

「ねえ,質問がふたつあるんだけど聞いていい?」『何だ』

「一つ目。前に違うこと言ってなかった?なんか,始めの場所に戻れる,みたいな」

『…聞こえていたのか。…あれは,時間がなかったからな。言葉足らずになったのはすまない。君が Pull Requestmerge するとも思わなかったからな』

「…?」『鬼から酒を受け取っただろう?あのとき何をしたか覚えているか?』

バツは忘却した記憶をたぐりよせる。「うーん,なんか,一口飲んだら,気持ちよくなって,光を追いかけていったような…」

『君は俺を介して地獄の世界をのぞき見たんだろう。記憶に残らなかったのは正解だが』「どうして」『見たら忘れられないものも山ほどある』

「…」バツはそのまま記憶にフタをすることにした。

『二つ目は何だ?』

「あ,そうそう。なんかさ,地味じゃない?」『地味って…』

バツが両手を広げる。「もっとぱーっとさ,星を降らせるとか,地面を持ち上げて山を作るとかさ,できないの?」

『…はぁ』クロメはあきれた。

君は神にでもなるつもりか。はじめはそう言おうとした。

だがふいに,クロメはバツの言葉に何か嫌悪すべきものを感じた。

『もし君が魔族に復讐することを考えているなら,俺はもう君に力は貸さない』

「え…」クロメの真剣な口調に,冗談を気取っていたバツの顔から笑みが消える。

『君の目的は一匹でも多くの魔族を倒すことか?』バツが無言で首を振る。チリン。

『圧倒的な力で魔族をたたきのめすことか?』チリリン。

『自分の力を見せびらかすことか?』チリン…。

『…』


「ごめんなさい」バツが顔を覆う。「私,何もできない自分がくやしくて…」

『…』

チリチリと鈴が小さく鳴る。

『魔族を倒す以外にも,力の使い方はいくらでもある』

バツが顔を上げる。

『結界を張って魔族から人間を守ったりな。そうだろう?』「うん」『残された時間で,俺たちにできることをしよう』

バツは目をぬぐって顔を振った。「うん。ありがと」

そうして再び笑顔になって言った。「君,たまに魔族っぽくないよね,優しくて」『そうか?』「前世は神様の使いだったのかな?」『やめろ。吐き気がする』「口がないのに?」『おい,元気になったとたん悪口か?』

バツとクロメは一つの身体で二人分笑った。



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