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『見事なものだ』クロメが感嘆する。

バツの剣は本殿にいた皆の血を吸った。血をよこせ,という不気味な要望。それは,小五院 (しょうごいん) 守護や焔丸 (ほむらまる) の協力によってなしとげられた。

小五院をこれまで守ってきた鏑穂 (かぶらほ) に,人々は感謝こそすれ非難することはない。にもかかわらず,罪を負わせ,みじめに土下座をさせたことを心苦しく思っていた。その気持ちを晴らしたいときに,ちょうどバツがお願いにやってきた。そして小五院守護を筆頭に,本殿にいた人々が次々に血を提供していくので,それまでためらっていた者もあれよあれよという間に列に飲み込まれていったのだ。

自らの窮地さえも利用するとは。クロメは鏑穂の狡猾さに脱帽した。


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「ふう」

バツが commit の詠唱を終え,一息ついて剣をしまう。

commit はこまめにした方がいい。いつでも戻れるようにな』

クロメのアドバイスにバツは口を尖らせる。「あのね,痛い思いをするのは私なんだからね」

「どうじゃ?余の力は役に立ったか?」

言い合いをするバツのもとに,衣装を替えた鏑穂が戻ってきた。

「お張子 (はりこ) 様 !」急に呼びかけられ,バツは思わず「も,もちろんです ! 」と威勢の良い返事をしてしまう。

「す,すみません…」あたふたするバツに,鏑穂は微笑む。

『どうして結界を張れたんだ?霊力は空っぽじゃなかったのか?』

クロメが問いかけると,鏑穂は一瞬フッと笑い,常識とでもいうように話す。「一息だけ力を張るのと,ずっと張りつづけるのはどちらが大変かわかるか?」

『さあ?』「あ,あの,クロメは魔族なので…」『お前もそうだろう』「うるさいな…あっ」口が悪くなり頭を下げる。

「仲が良いな」鏑穂はくすくすと笑う。「まあ,相手がどんなものかもわからずに気を張りつづけるのはさすがに堪 (こた) えた。昨晩も,魔族が集まっていたからこそ一掃できたのじゃ。霊壁がお前を消し去ってしまうやもしれぬと心配したが,鈴が守ってくれたようじゃな」

そう言われたバツが鈴を持って鳴らす。「それは霊力を高め,邪な心を鎮めてくれる。これからも持っておくがよい」

「ありがとうございます」

「というより,外し方を忘れてしまったんじゃが」「え ! ?」

バツは驚いて首を触る。その輪は,まるで初めから一つだったように,継ぎ目なくバツの首におさまっている。あわてるたびにチリチリ鳴るのを,鏑穂は意地悪そうに笑った。

『これからもこんな綱渡りの戦いを続けていくつもりか?』「余のことか?」鏑穂の返事に黒い目がうなずくようにまばたきする。

『また魔族が攻めてきたらどうする?』「また退けることになるじゃろうな」『もう助けはないんだぞ』「わかっておる。それでお前は何が言いたいのじゃ?」

「クロメ」まくしたてるクロメにバツが注意する。

「いずれ敗れるからその前にどこかに逃げよ,か?そのあてはお前にあるのか?それとも誰でも思いつくことを余に言って,言い返せないことで得意にでもなったつもりか」

不穏な気配を感じた彌分 (やぶ) が顔をのぞかせる。「下がっておれ」鏑穂の一喝でその頭がひっこむ。

「ここが落ちれば大零院 (だいれいいん) に魔族が向かう。ゆえに一日でも長くここを持ちこたえねばならぬのだ」

悲壮な決意で黒い目に語る鏑穂。彌分は壁の裏であふれでる涙を止められずにいた。


「とまあ,普通ならそう言うがな」

鏑穂の表情が急におどけたものになった。

『?』「?」「?」

「案ずるな。我らが魔族に脅かされることはもうないじゃろう」



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