001
シフはその日、確かに『世界を食らうもの』を倒した。ソブンガルデの門番ツンから賞賛されもした。ツンの息吹をその身に受け、スカイリムへと帰る。そのはずだった。
だが今、シフは斬首台のうえで最期のときを迎えようとしている。目の前に転がっているのは、既に断ち切られた反乱軍兵士の首だ。彼はソブンガルデに行けただろうか。
斧をふりかざす処刑人。あと数度まばたきをすれば、命は終わる。それにもかかわらず、シフが抱いていたのは、無念でも、未練でも、後悔でもなく、単に首だけになった自分はどれだけ意識を保っていられるだろうか、という疑問だった。
「一体あれは何だ !? 」
誰かが叫ぶのが聞こえた。空気がズルズルと引きずられるような異音に、皆の注意がひきよせられる。わざとらしい羽ばたきで、何かが監視塔に接近している。
「雲の中だ ! 」
「ドラゴンよ ! 」
ズドン !
地響きが大地を揺らした。もはや処刑どころではない。砂埃が風とともに舞い上がり、そのときはじめて、シフは『それ』と目が合った。
刃の鱗をもつ、黒き翼。恐怖と絶望の化身。破滅の具現。『それ』が尖った口を開き、何かを告げた。
耳をつんざく轟音。空が悲鳴をあげるように渦を巻くと、次々と落ちてくる火の玉が一瞬にして街を灼熱の海へと変える。
「走れ ! 」
誰かの叫ぶ声。反射的に身体を起こし、縄で不自由にされた上半身をかたむけながら、シフは石で組まれた頑丈な塔へと逃げ込んだ。捕えられた反乱軍兵士もそこに集まっていた。ケガをした者はうずくまり、無事な者は脱出の手立てを話しあっている。
近くに寄って敵対されるのは本意ではない。無視して階段をかけあがると、突然壁が崩れ、塔の中をのぞきこむ『それ』と再び目が合った。
-- クリームパーレ --
『それ』がそう言った。そう聞こえた。先に聞いたものと同じ。だが今度ははっきりと聞き取れた。クリームパーレ。どういう意味だ?心の内で咀嚼しているうちに黒き翼が飛び立つ。壁に光の差し込む穴がぽっかりと空いている。シフはそこから骨組みだけになった民家へとためらわず飛び降りた。
「ハミング ! こっちだ ! 」
「パパ ! 」
「トロルフ…なんてことだ…」
炎は意思をもったように人々を追いたて、容赦なく焼いてゆく。抗う兵士は勇敢に立ち向かい弓を射るが、黒檀のように黒光りするウロコには傷ひとつつかない。
シフの目の前に、炎をくすぶらせながらも原型を留める砦がうつった。迷わず扉につっこむ。勢いでゴロゴロと地面を転がった。煙を吸い込んだ身体は、ざらざらとした痰を拒絶するように、幾度も咳を促す。どろりとした体液が石の床に水たまりのように広がった。
砦はまだ崩れていない。だが外での戦いはまだ続いているようだ。ズズン、という低い音が腹に響くたび、砦は揺れ、砂がちりちりと落ちてくる。
「なんとか無事なようだな。あんた、ケガはないか?」
突然の声にシフの身体がびくっと強張り、身構える。声がした方に、何かが立っている。
…誰だ?
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