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シフを置き去りにしたはいいが、一人でこの先を突破するには困難が多い。仕方ないので、タニシが少し進み曲がり角で止まっていると、やや時間があって、後ろからぎこちないカチャカチャと鳴る音が聞こえた。それは距離を置いて「カチャリ…」という音を残して止まる。言ったとおり鎧を身につけたようだ。こちらが見える位置まで来ないのはからかわれたくないからだろう。シフの子犬のような表情を思い浮かべ、思わずタニシは口を抑えて笑ってしまう。

ゴトン !

ガラガラ、ザザァ…。ひときわ大きな音と揺れに、縄で後ろに引っ張られるような衝撃があった。視界がベージュと黒に染まる。首すじに冷たい感触があり、そしてさっきまで立っていた場所が、がれきに埋まっていた。

「これで借りはひとつ返したな」

背中から聞き慣れた声。天井が崩れるのを予期したシフが、タニシの襟首をつかんで引き寄せたのだ。「まったく、気を抜くとすぐこれだ…」激しい鼓動を感じながらも、タニシは平静を装って他人事のように言った。そうして立ちあがると身体の埃を払って歩きだそうとする。

「…ちょっと待ってくれ」シフが言った。タニシが見る。汗でびっしょりだった。

「おい、大丈夫か。しっかりしろ」シフに駆け寄るタニシ。「動けない…」

骨折熱か、重関節症か。足はかくかくと震え、このまま倒れこんだら立てなくなるのではと思うほど頼りない。シフはなんとか症状を伝えようと声をしぼりだす。

「よ…」「よ?」「鎧…重い…」

ああ、そういうことか。タニシは原因に気づき、「ははーん」と口の端に笑みを浮かべた。

「お前、重装の Perk を取ってないな?」

「…」シフは歯を食いしばったまま、ふーふーと荒い息をつく。何を言っているのか全くわかっていない様子だ。

「楽にさせてやるからかわりに俺の話を聞け。わかったらうなずくんだ」

****

「お前、スイートロールでも食ったのか?」シフから脱がせた胸当てを置きながらタニシが言う。「え?」「なんか花みたいないいにおいがするぞ」

「そんな贅沢なものここにあるわけないだろ」レガースを外し、汗を拭くシフ。と、その頭にタニシが鼻を近づける。「ちょっと、やめろよ失礼な」嫌がるシフが手で押し返す。

シフから視線をそらし、何かをさとるタニシ。

「お前、隠密には向かないな」「は?」「まあ、重装を選んだときにもう決まってたことかもしれないが」

シフが訝しむ視線を投げかけながら言う。「その重装の、何とかっていうのってなに?」

「『何とかっていうのってなに』って、何も聞きとれてないじゃないか」ははは、とタニシが声を出して笑ってからかう。「Perk だよ Perk」「ぱーく?」「星々から得られる祝福みたいなもんだ」

タニシが腰の物入れから黒い本を取り出す。図鑑のような中身のそれは、表紙にドクロのマークと『 Requiem 』と書かれている。「なんて読むんだ」シフがたずねる。「Requiem」

Requiem …

その言葉、シフにはかすかに聞き覚えがある。ツンの息吹で飛ばされたとき、何かにひきずりこまれるような感覚があった。歯車がガチガチと回るような音と、激しい頭痛。そのなかで、耳元でささやかれたような気がした。

レクイエム。

そう聞こえた。黄昏のヴェールに包まれるような、かすかな声で。そしてシフは故郷とは違う世界に落とされた。どこまでが過去の記憶かもはっきりしない。霞がかかったようにぼんやりとしている。

タニシは『 Requiem 』の星座に関するページを開いた。重装の星座は、牛のように角が二つある兜を描いている。

この世界には、生まれたときに決まる守護星座だけでなく、重装や錬金術、付呪といった、それぞれのスキルを司る星座がある。星座は人が捧げた星の力に応じて加護を授ける。捧げた星の力に応じて星座は輝きを増し、加護もより強いものとなる。軽装の星座を極めた者はあらゆる攻撃を風のようにかわし、また変性魔法の星座を極めた者は時間の流れさえも歪める。いわば、この世界では加護の多さがその者の強さを示すといえる。その逆も然り。たとえば重装の星座では、始点となる星が輝いていないと、ただ重装鎧を身につけているだけで疲労してしまう。

「それ、ぱーくっていうのか」「Perk な」「ぱぁーく」「こりゃだめだ」

本を示しながらタニシは説明する。「人は生まれもって三つの星を輝かせることができたはずだ。もしお前がひとつも使っていないなら、重装にひとつ使うといい」「どうやって使うんだ?」「その資格があるなら、ただ心に願うだけで星は応える」

本のページを見ながら、シフは頭の中で星座を思い描いた。すると、きらり、とひとつの星が光る。

「どうだ?」タニシがたずねる。「何も変わった気はしないけど、本の星は光ってる」「とりあえず着てみろ。違いがわかるはずだ」

言われるまま、仕方なく鎧を身につけるシフ。濡れた鎧の不快感に思わず顔をしかめる。

「ところでさ」シフが言った。「何だ」「お前って言うのやめてくれない?」「だって俺はお前の名前を知らない」

ああ、そうか、とシフが気づく。

「私はシフ。銀狼のシフだ」



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