006
「銀狼とは大した名前だな。子犬のシフ、ならぴったりだが」
からかうタニシにシフもムッとする。「人の名前をばかにするなよ」
フッとタニシが笑う。「悪かった。まあ、名は体を表すっていうしな。それだけ強くなってくれると助かる」
崩れた道からは先に進めない。回り道をするように地下へと進み、食糧庫をめざす。
「気をつけろ。この先に」「兵士が二人。だろ?」「そのとおり」
石で組まれた砦。地下まで陽が差し込むことなどありえない。ところどころに松明が置かれてはいるが、太陽が恋しい。そう思いながら先へ進むと、目の前が明るくなってくる。動くたびに騒がしい音をたてるシフを待機させ、タニシは忍び足で樽と食卓の並ぶ食糧庫へと入ってゆく。
帝国兵だ。先手必勝。奇襲するタニシ。相手が武器を取り出す前に襲いかかる。
はじめは優勢だった。というより、優勢なのははじめだけだった。当然だ。二対一では手数に劣る。しかもこちらが持つ戦槌は、全ての近接武器で最も速度が遅い。はじめこそ不意をつかれた帝国兵だったが、すぐに態勢を立て直し、じりじりとタニシを追い詰めていく。
まずい。
「タニシしゃがめ! 」
反射的に腰を落とすタニシ。首の上わずか指一本ほどの距離を銀色の筆がかすめた。それは真っ赤な線を描く。かたやタニシが見ていたのは相手の足元。重心が後ろに下がった。怯んでいる。今だ。
「うおお! 」上体をそらし、渾身の力で戦槌を振り下ろす。それは鈍い音とともに、命中した上半身をありえない方向に曲げ、ものいわぬ塊へと変えた。
首の裂けた亡骸と、かつて人の形をしていたもの。食糧庫に並ぶ食卓は鮮血に染まっている。
顔にかかった血糊をぬぐい、タニシは振り返った。きらりと光沢を放つ帝国軍の重装、に一瞬驚いたが、そこにいたのはまぎれもない、盾を持ち、剣を下げたシフだった。
タニシが息を切らせながら言う。「はあ…はあ…どうだ?鎧を着てても動けるだろ?」
シフも肩で息をしながら答えた。
「…期待外れだ…」
「…はぁ?」顔に疑問符を浮かべるタニシ。マーラの慈悲を、とシフが剣をしまいながら言う。「布の服みたいに、もっと身軽に動きまわれると思っていた」
重装の Perk を取れば、まるで鎧など着ていないかのように戦える。そう思っていた。けれども実際は、走れば五歩でスタミナを使い果たし、力を込めて剣を振るえば一回でへとへとになってしまう。こんな状態では、一人で敵と渡りあうことなど到底できないだろう。
とはいえ、つい先ほどまで鎧に押し潰されそうだった者の言うセリフではない。まともに動けるだけでも感謝しろ。そうタニシは言いたいのをこらえつつ、シフを傷つけないよう「そうしたいなら、早くスキルを上げて Perk を取るんだな」とだけ言った。
さすが食糧庫だけあり、樽の中にはリーキやジャガイモ、トマト、ニンジンといった野菜から、棚にはワインまで揃っている。それだけでなく、あたかもへそくりのように隠された一つの樽から回復用のポーション、状態異常を治す浄化の霊薬、さらには毒耐性の霊薬まで見つかった。
「塩が欲しいな」シフが言った。「錬金でもするのか?」とタニシ。「料理にきまってるだろ」「料理するのか?どこで?」
はあ。と溜め息をつくシフ。「…タニシと会ってわかったことが一つある」「何だ」「タニシは人生を損してるってことだ」「おい、何だその言い方は」「さっき私のことを貴族と言ったな。そのまま返してやるよ。タニシは料理なんかシェフに任せれば好きなものが食べられると思っているだろう。それこそとんだ貴族さまだよ」
「おま…」タニシが反論しようとして黙る。こんなところで無駄な時間を使っている暇はない。「わかった。じゃあこんどシフの料理をご馳走になろうじゃないか。もし旨かったら材料費の十倍払ってやるよ」「ふっ。後悔するなよ」
目ぼしいものを収穫し、先へ進もうとするシフ。するとタニシに呼びとめられた。
「ちょっと待て。そこの本を必ず持っていくんだ」
タニシが指さす先に、『スカイリム動物寓話集』と名づけられた、どっしりとした図鑑が置かれている。当然シフはいやがる。「こんな重いもの、持ち運べっていうのか?」
だがタニシはさっきとはうってかわった真剣な顔をして言った。「もし野生動物に噛まれて病気をうつされたくないなら必ず持っておけ。この本に書かれていることを頭に入れずに外に出れば、必ず死ぬ」
「…」しぶしぶとシフはそれを手に取り、胸当ての中に入れた。重い…。
その背中を叩き、タニシが励ました。「脱出できたら、カバン作ってやるよ。穴の開かない丈夫なやつな」
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