011

洞窟の穴から差し込む光が草を育み、天然のベッドを作っている。そこで一頭のクマが気持ちよさそうに眠っていた。付近に散らばっている骨は、獲物にした動物、もしくは人、のなれのはてだろう。

そして出口はその先にある。

「…」

タニシとシフはそこから少し離れたところでしゃがみ、様子をうかがっていた。クマの恐ろしさは説明するまでもない。卓越した筋力と鋼のような毛に覆われた頑丈な身体。その現実離れした腕力で相手をピンポン玉のようにはねとばす。そうして倒れた獲物にのしかかり、追いうちをかけてあっというまに仕留めてしまう。

こちらは風下で、においは届かない。「むこうが気づく前に弓で仕留めることもできるが」とタニシは帝国兵から回収した弓を見せる。ただ話はそこで終わらなかった。「ここでやるべきことがある」

やるべきこと?クマを倒す以外に?「なんだ」とシフが聞いた。

「ここで隠密スキルのレベルを最高まで上げてもらう」

「隠密…?」シフがタニシの背中からたずねる。「どうやって」「簡単だ。武器で俺の背中を斬れ」

静寂が流れた。

「毒で頭をやられたのか?」

タニシの顔がくしゃっと歪み、怒鳴りたい気持ちに駆られる。とはいえここで怒りを爆発させるわけにはいかない。「いいからやってみろ。すぐにわかる」「敵でもない人を傷つけるなんてできない」「さっきは俺の顔に火をぶつけたのにか?」

「…」シフの顔が真っ赤になると、無言でタニシの背中を思いきり殴った。「いっ…」思わず声が出そうになるのをタニシが必死にこらえる。

「お」とシフが驚いた。隠密のスキルが上昇するとともに、自分自身が新たな段階に到達したのを感じる。さまざまな経験を経て、肉体のレベルが上がったのだ。

肉体のレベルが上がると、神々から新たな星を輝かせる力をひとつ得る。そして、体力、マジカ、もしくはスタミナのいずれかをわずかに増やすことができる。

タニシは言う。「隠密は相手から隠れていないとうまくならない。そして背後からズブリとやれば一気に上達するんだ」

そしてそれを兼ね備えるのがこの場所というわけだ。タニシの背中に立ち、少し時間を置けば警戒は解かれる。背中からの攻撃を繰り返し、シフの隠密スキルを限界まで高めることがねらいだった。

とはいえ、いくら隠密のスキルが高かろうと、星座の加護がなければ大した意味はない。真の目的は、スキルを成長させて肉体のレベルを高め、星に捧げる力を増やすことだった。


「シフ、マジカはどれくらいある?」唐突にタニシが聞いた。それは相手に体重や年齢を聞くぐらい失礼なことだ。言うわけないだろ、というシフに、

「魔術師のローブ抜きで、150 あるか?」と問う。妙に真剣な口調だった。だがシフは黙っていた。余計なことを言えばバレてしまうからだ。どうしてそんなことを、とたずねるまでの『間』の長さでさえ、相手に多くの情報を与えてしまう。

そして沈黙だけでもシフの現状を把握するには十分だった。「レベルが上がったら、150 までマジカを上げろ。いいな」タニシはそれだけ言い、ひきつづき隠密を上げるように言って黙った。

「150 …」とシフは呟いた。タニシの問いに答えるはずがなかった。ローブなしではわずか 60 しかなかったのである。150 まで上げるにはレベルを 18 も上げる必要がある。隠密のスキルを限界まで鍛えたとしても届かないかもしれない。そうなったら…。いや、そもそもどうして 150 まで上げる必要があるんだ?そんな疑問と不安を抱きながら、シフはスキル上げに専念しつづけた。


しばらくは淡々とタニシの背中を攻撃していたシフだったが、ふとあることに気づき、手が止まる。「タニシ」「なんだ?」「どうしてこんなズルを知っているんだ?」

背後から攻撃されておきながら、容易に警戒を解く。ありえないではないか。たとえ仲間同士であっても攻撃されれば嫌がるし、敵対する可能性だってある。にもかかわらず、背中を見せたまましゃがみつづけるタニシに、シフは作為的なものを感じていた。

「それにさっきのケガが治ったときだって」

「…俺が敵だと思うか?」タニシが言った。

シフはその言葉に、会ったばかりのことを思い出す。「そうは思ってない。でも、何か変だ」

いかなる種族にもみられない容姿。あっという間に治る傷。能力を上達させるのに絶好の場所や、これから起きることなど、まるで神でなければ知りえないような豊富な知識。いくら攻撃しても敵対しない性格。何より、『 Requiem 』という謎の本。

「タニシ、あなたは一体何者なんだ?」



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