012
シフが弓を構え、饅頭のように丸くなって眠るクマに狙いを定める。
『脱出できたら教えてやるよ』
その答えが気になり、集中が乱れた矢は、クマのはるか手前で落ちた。
「へたくそ」
そう言い放ってタニシは戦槌を構えクマに向かう。矢の音で目覚めたクマは侵入者を許さず、洞窟に響きわたる大声で吠えた。
シフの顔は真っ赤だった。「タニシが集中を乱すようなことを言うからじゃないか ! 」ギリギリと歯をくいしばりながら、タニシとともに戦闘に突入する。
ズン !
クマの突進でタニシの身体は笑えるほど吹っ飛んだ。そしてシフは自分が受けた場面を想像し、全身から血の気が引く。タニシがやられたらシフに勝ち目などない。その標的が自分に向かってこないよう祈りながら、火炎を放った。
『破壊魔法のスキルが低いうちは、炎そのものよりも燃焼ダメージの方が大きい。細切れに打ったほうがいいぞ』
その言葉を信じ、ポン、ポン、と火の玉のようにクマに撃つ。その効果はてきめんだった。シフの貧弱な炎では、マジカが切れるまで火炎放射器のように撃ってもほとんどダメージは与えられなかった。それに比べ、燃焼ダメージに期待して火炎を小刻みに放ったほうが、マジカ切れにも陥りにくくなるうえ、ダメージも増える。シフはまるで自分が魔術師になったかのような高揚感があった。
いくら猛獣といえど、戦い慣れしたタニシと、自分なりの攻撃方法を得たシフの挟撃を受けてはたまらない。劣勢となったクマは戦意を喪失し逃走をはじめた。
勝っ…
「待って ! 」
シフは叫んだ。だがその声はタニシの耳には届かなかった。戦槌を受けた獣が力なく崩れ落ちたとき、むなしい残響だけが陽光のなかへ消えていった。
真正面から戦っていたのはタニシだ。命を奪われかけた相手にとどめをさしたところで、責められるいわれはない。けれどもそれが洞窟でのんびりと日向ぼっこをしていたときのかわいらしさをシフは思い出し、目の前に横たわる亡骸に複雑な思いを抱いていた。
「聖女マーラよ」シフは両手を組み、祈る。その後ろに立つタニシはもちろん謝罪などしなかった。情けをかける余裕を持とうものなら、その余裕に相手はつけこむ。たった一本の矢で人は死ぬのだ。運よく膝に受けたなら、まあ、衛兵として余生を過ごすといいだろう。
それでもタニシの前で慈悲を祈る、この何の才能もない者を見ていると、忘れていた気持ちが呼び起こされるようだった。
「前に、生きて脱出できたらカバン作ってやるって言ったろ」
タニシが言った。シフは黙ったまま微動だにしない。「こいつの革で作ってやるよ。それなら無駄な殺生にはならないだろ?」
シフは振り向き、鼻をすすって強い眼差しで言った。
「穴の開かない、丈夫なやつだぞ」
「任せとけ」タニシは歯を見せて笑った。
****
洞窟から外へ出ると、冷たい風に身体は震え、降りそそぐ光のあまりの眩しさに目がくらんだ。
ズズズ。ゴォッ。
まるで鉢合わせでもしたかのように、黒い翼を持つ『それ』は、咆哮しながら大きな影を残し、飛び去ってゆく。
「どうやらもう追ってはこないようだな」タニシが言う。
色あざやかな針葉樹に、ぽつぽつと白雪が色どりを添える。空はどこまでもすみわたり、かなたにそびえる山々や、はるか遠くを舞う鷹の姿さえ見通せた。
スカイリム。なんと過酷で、そして美しい場所なんだろう。
「いい眺めだ」タニシが腰に手を当てて言った。シフと同じ思いを抱いているのだろう。そしてそのままシフに聞こえるように言った。
「シフ、お前がこの世界で生き残るのは難しそうだ」
シフはクマから狩り取った毛皮と肉を背負いながら、その残酷な言葉に顔を伏せる。
「鎧を着るだけで弱音をはき、敵からは盾を持って逃げ回るだけ。剣を振っても斬れるのはまぐれで皮一枚。まともに弓を引く力すらないし、自慢の炎より暖炉のほうがよっぽどあったかい。まあ、聖職者を気取るより盗賊のほうがよっぽど向いてるかもな」
ひどい。
あまりのひどい言い様に、シフは涙ぐむ。そしてそれが全て事実であることがシフの心に追いうちをかけた。
「…」唇をかみしめて、シフは耐える。動けなかった。少しでも足を踏み出せば、もしくはここでタニシに何か言われたら、こぼれてしまう。
黙って先に行ってほしかった。はやくどっか行け。もう行って。お願い。
「とまあ、人を見る目がないやつはそう言うだろうが、俺は違う」
ひとすじの風が吹き、木々がざわめいた。
「何もできないなら全部極めればいい。鎧も、盾も、魔法も」
そうしてタニシは振り返ってシフに言った。
「シフ、魔闘師 (バトルメイジ) にならないか?」
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