009
人が通れる大きさのトンネルを進む。レバーで小さな跳ね橋を下ろすと、洞窟に続いており、川が流れていた。ここにもはや人の手は入っておらず、外からの光が差し込んでいる。出口は近い。
ただ、シフの心はまるでガレキの中に取り残されたようだった。「しっかりしろよ。もうすぐ出口だ」タニシが励ましても、顔を落としたままとぼとぼと無言で歩くだけ。
シフは三人が亡くなったのは自分のせいだと思い込んでいた。自分が鍵開けに手間取って、三人に合流するのが遅れたから。タニシはすぐさま言った。全ての檻を開けるよう言った自分に責任があると。けれどもシフは自分が許せなかった。三人と別れるとき、シフはマーラの加護を祈らなかった。亀と言われたのが悔しくて、つい忘れてしまったのだ。そして…。
…。
もちろん、そんなことで人の生死が変わるはずもない。そうタニシは思っている。それでもシフは、もしあのときにきちんと祈っていれば、マーラの慈愛によって三人は助かったかもしれない。そう思わずにいられなかった。
現実は過酷なもので、シフがそんな感傷に浸る暇さえ与えるつもりがないようだ。川から横にそれる道に入ろうとしたところで、タニシが止める。
「待て。ここから先はフロストバイト・スパイダーのねぐらだ。毒耐性の霊薬は持っているな?」
シフの身体が硬直する。タニシがその異変に気づく。「どうした?」
顔をのぞきこまれるのを嫌がり、シフは顔を覆った。タニシは察する。「クモ、苦手なのか?」
こくこく。
「はは、かわいいとこあるじゃないか」タニシはわずかに笑ったが、真顔に戻るとシフの両肩をつかんで強い調子で言う。「やつの麻痺毒で動けなくなったら終わりだぞ。耐性がなければ何もできずに肉を食いちぎられるんだ」
ぞくり、とシフの背中に冷たいものが流れる。
シフが持たされた『スカイリム動物寓話集』においても、フロストバイト・スパイダーの恐ろしさは詳しく書かれている。成長すれば人の背丈を超えるその生物は、極めて強力な神経毒を持つ。盾や鎧では防げないその毒は、視界を狂わせるだけに留まらない。身体に蓄積し、体力とスタミナをみるみる奪う。最も怖いのは麻痺で動けなくなることだ。浄化の霊薬がなければ最後、動けないまま死ぬまで身体を貪り食われることになる。
ゆえにまともに戦うには、毒への耐性を一時的に高める毒耐性の霊薬が欠かせない。もしそれを持たずに出くわしたら、気づかれる前に退散するほかない。気づかれれば、毒を含んだ唾を、弓の達人のごとく精確に飛ばしてくる。
なんとも手強い生物だが、ここではそのねぐらを突破しなければならないのだ。二人で協力しなければ悲劇が待っている。しかしこんな状況にあってもなおシフの表情は冴えない。度重なるショックで戦意を喪失し、タニシに身体を揺さ振られるままだ。ついに、「もういい」と言ったきり、シフはその場にしゃがみこんでしまった。
困った。シフを置いていこうにもタニシ一人では突破できるとは思えず、かといって無理に連れていけば共倒れになる。
一体どうすれば。
タニシは唸り、考える。
どうすればシフをよみがえらせることができるだろう。
もしくは、どうすればこの危機を突破できるだろう。
…。
そのとき、タニシは自分の心に灯った火がまだ燃えているのを感じた。
「わかった」
タニシは言った。「俺がやつらの囮になる」
うずくまったままシフは反応しない。「俺一人ではやつらの餌食になるだけだろう。でも、時間は稼げるはずだ。俺が奴らに食われている間に、お前だけでも逃げろ。いいな」
なおもシフは動かない。その姿に、タニシは出会った頃のことを思い出した。
ふっと微笑み、優しい声で言う。「よくここまでついて来たな。あと少しだ。必ず生きて脱出してくれよ。じゃあな」
そう言ってシフの肩にポンと手を置くと、戦槌を構えて先に進んでいった。
クモの白い卵塊が洞窟のあちこちに並んでいる。そこへタニシが足を踏み入れた瞬間、天井からするすると糸を引いて二匹の親グモが、そして裂けた卵塊のなかから子グモが一斉に襲ってきた。
タニシの顔がひきつる。
はは。まずい。数が多過ぎる。
クモの群れは四方八方からタニシを取り囲み、あるものは唾を飛ばし、またあるものは容赦なく噛みついてきた。払ってもきりがない。しゅうしゅうと音をたてタニシの皮膚が焦げる。よせ。くそっ。
毒のせいでスタミナが回復せず、疲労した身体ではろくに戦槌も振れない。やがて子グモをわずかに怯ませるだけで精一杯になった。動きが鈍くなったタニシの身体に、次々と子グモが這い上がってくる。皮の剥がれた赤い肉は彼らにとって絶好のごちそうだ。
グチャグチャと肉を噛み千切る音がする。視界がどんどん暗くなる。
ちくしょう。威勢よくやってきたわりに、これじゃあ囮にすらならないじゃないか。ちくしょう。
…ちくしょう。
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