003

「くすぐったいよ。わざとやってるのか?」
「そんなわけあるか。少し黙ってろ」

シフの手を縛っていた手枷は容易に断ち切れた。だが商人につけられた首輪は、錆びているにもかかわらずいっこうに外れる気配がない。

「もういいよ」離れようとするシフ。だが首輪についたわずかな鎖でぐいと引き寄せられる。

「痛っ。なにすんだよ」「こんなもんつけてガチャガチャ鳴らしてたら山賊にお前の居場所を知らせるようなもんだろ」「だったらもう少し顔を離せよ。気持ち悪い」「それじゃ鍵穴が見えないだろうが」「あー。しつこい。しつこい。ほんとしつこい」「誰のためにやってると思ってるんだ?」「きまってるだろ。目の前にいるタニシという頑固者が満足するためだ」

「おい」と手が止まった。「どうして俺の名前を知ってる?」

シフは面倒臭そうな表情で言った。「顔に書いてある」「そんなわけあるか」「本当だ」

シフには相手の名を見抜く不思議な力がある。これだけは故郷のスカイリムにいた頃から引き継いでいるものだ。

「信じる信じないは勝手だが」そう言うシフの目をタニシが無言でのぞきこんでいる。「なんだよさっきから、気持ち悪い」

「お前…不思議ちゃんだったのか」

バン !

タニシは突き飛ばされ、もんどりうって床に倒れこんだ。手をはたいてシフがため息をつく。

「助けてくれたことは感謝します。でももう二度と会うことはないでしょう。さようなら」

そう言って首輪はそのままにすたすたと歩き去ろうとする。するとタニシは頭をさすりながらやや大きな声で聞こえるように言った。

「その柵は開いてない。それから武器を持て。敵が来るぞ」

何をおかしなことを。そう思いながらシフが砦の部屋を隔てる鉄柵に触れた。

「それで、ウルフリックの居場所は」
「申し訳ありません。ドラゴンの襲撃で見失ってしまって」

人の声が近づいてくる。シフは青ざめた顔で背後を振り向いた。タニシが指で部屋の隅を示す。二人の兵士の亡骸がある。

武器を持て。その言葉を思い出し、急いで帝国軍の剣と盾を手にする。

「片手武器はおすすめしないが」そう小声でつぶやくタニシ。二人は柵から見えないよう壁に隠れた。

ガチャリ、と向こうで金具が引かれ、柵がずるずると下りてくる。タニシとシフは目が合い、そしてうなずいた。

「うおおっ ! 」

戦槌を振り上げ襲いかかるタニシ。相手は二人の帝国軍兵士だ。一人はタニシと同じ戦槌。もう一人は剣と盾。こちらと戦力は同じ。ただし、むこうは鋼鉄が鈍く光る重装鎧を身につけている。いや、むしろ鈍器を持つこちらには好都合だ。鎧をひしゃげてしまえば、身を守るはずの防具が骨と肉を無慈悲に引き千切ることになる。

だが奇妙なことに、敵は二人とも脇目もふらずシフに向かっていった。

「ひっ」以前の恐怖を思い出し、シフは盾を構えたままずるずると後退する。

「ぬあーっ ! 」兵士が勢いよく戦槌をふりかぶった。シフは思わず盾で防ごうとする。その刹那、頭の砕ける映像が脳裏をよぎり、なんとか身体をひねらせてかわした。振り下ろされた先端が空気を鳴らし、兵士がよろめく。

し、しぬ。しぬ。しんじゃう。

ひるんだシフにすかさずもう一人が襲いかかる。反射的にシフは構えをとった。敵の斬撃であれば盾でも防げる。だが腕がびりびりとしびれ、スタミナはみるみる減り、息があがる。それに稚拙な防御術では敵の攻撃を完全に防ぐことなどできない。

痛っ。痛い。無茶だ。あんまりだ。理不尽だ。シフは完全に混乱し、足がもつれた。あっ。


ゴヒュッ。


豪快に尻もちをつく、その頭上で何か硬いものが削れる音がした。顔を上げるシフに、戦槌を持つ兵士の身体が力なく倒れこんでくる。続いて、赤い線が真横に伸びるのが見えた。ぱきゅっ。何かが弾ける。黄と赤のまざった液体が噴水のように散った。

「はぁ…はぁ…」

ただ一人、タニシだけが立っていた。呆然とするシフ。赤く染まった戦槌を下げるタニシ。肩で大きく息をしている。互いに見つめあい、まるでどちらが荒く息をつけるか競争をしているような、ある意味で妙な光景だった。



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