004

「いやだ。私は人が身につけた鎧は着ない」

シフは頑なな態度で言った。タニシがあきれる。どっちが頑固者なんだか。ここもいつまで保つかわからないのに、どうしてこいつは、こう、言うことを聞かないんだ。

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戦闘を終えフラフラだったシフ。けれども兵士の亡骸から治癒のポーションを取るのを拒んだ。それは死者の冒涜だと。

「冒涜かどうかはアーケイが決めることだ。俺たちのやることじゃない」タニシはそう説得したが、シフは失血してけいれんしているにもかかわらず、かたかたと震える手で拒絶する。仕方なく、タニシが亡骸からポーションを拾い、事前にタニシが持っていた分をシフに渡す、という曲芸によって解決したのだった。

「会ったばかりなのに、いろいろ…すまない、ありがとう」回復したシフが自嘲気味に言った。

くだらないメンツにこだわらなければこんな手間もかからんのだ。そう言いたい気持ちを抑え、タニシが言う。「じゃあ早く強くなって俺を助けろ。それでチャラだ」「ちゃら?」「貸し借りなしってことだ ! 」

その後、タニシはシフに兵士の鎧を剥いで身につけるよう言った。受けるダメージを減らすためだ。けれどもシフは嫌がり、冒頭の言葉で拒んだ。それは人の財産だと。

タニシが肩を落とし、うんざりした調子で言う。「こんな状況でまたそれか。何だそれは。ゼニタールとの誓いか」

シフは答えず顔をそらす。そのときわずかに赤くなったのを見逃さず、タニシが追及した。

「うそだな」「うそじゃない」「清く正しく生きるやつに嘘は似合わんぞ」「…」「言ってみろよ。理由を」

なおも沈黙するシフ。だが、罪悪感とタニシの訝しむ視線に耐えきれず、観念して答えた。

「汚そうだから」

「は?」予想外の返答に、タニシは喜怒哀楽のいずれでもない表情になる。そしてみるみる顔が赤くなり声を荒らげた。「とんだ貴族だな ! どういう状況かわかってるのか? そんなくだらん意地張って死んだら元も子もないんだぞ ! 」

シフもムッとして言い返す。「貴族じゃないし意地も張っていない。それに何だよ、偉そうに。まるでこの世界を知りつくしたような言い方でさ」

タニシがフンと鼻を鳴らす。「知ってんだよ。俺はこの世界で一度死んだんだからな」「え?」

ちっ、と舌打ちをし、タニシがぽりぽりと頭をかく。「まあ、正確に言うとちょっと違うが」

ぽかんとタニシを見ていたシフ。全てをさとったかのように、目を大きく開いて言った。

「なるほど。不思議ちゃんは、あなたのほうだったんだな」

「なに !? 」タニシが声を荒らげてシフに近づく。「それが命の恩人に向かって言うことか ! え !? 」「それは感謝している。でも私はあなたの部下じゃない。何を着るかは私が決める」「じゃあ命令じゃなくて忠告だと思えよ。それでいいだろ?」「それが命令じゃないか。『思え』って何だよ」「じゃあ丁寧な言い方をすれば聞くってのか」「内容による」

タニシがあきれはて、熱い溜め息をつく。シフの口ごたえは、まるで言葉を覚えたばかりの子供のようだった。もういい。もう説得はやめだ。そう思ったタニシは少し考えてから言う。

「この先に砦の食糧庫がある。兵士は二人。一人は戦槌、もう一人は剣を持ってる。樽の一つに回復用の薬がたくさん入ってるから、取り忘れるなよ。いいな」

そうしてタニシはシフに背を向け、無言のままスタスタと進みはじめた。一瞬、シフが不安な顔を浮かべた、ように見えた。



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