033
ひ、ひひひ。
シフは冷めた目でひくひくと笑いはじめた。なに?素材だって?遺品が?それじゃあ、その武器と鎧を溶鉱炉に放り込んで、融かして、また鉄板にして、鍛冶場で焼いて、叩いて、武具に仕上げるってのか?
常軌を逸した発想にシフはケタケタと笑いが止まらない。すると何を勘違いしたのか、タニシまでもシフにあわせるようにへへへと笑い始めた。
何がおかしい。
シフはすっと真顔に戻って言う。「亡くなった人から剥ぎ取るなんて、そんなの、死霊術師と同じじゃないか」
盗賊の次は死霊術師とは。あまりの情けなさに、シフは顔を覆ってその場へうずくまってしまった。
あんまりだ。スカイリムはこうも無慈悲なのか?人を欺き奪わなければ、もしくは宿の女中たちのように身体を切り売りしなければ生きていけないのか?山賊、内戦、ドラゴン…。次々とシフの頭に嫌な考えが浮かぶ。
そしてその奥から、ソブンガルデに捨ててきたはずの真っ暗な闇がのぞいた。
驚いて顔を上げる。真っ赤な手の平。
「おい、あんた大丈夫か?」
後ろから声をかけられ振り向く。返り血に染まったシフにびっくりしたのは、鍛冶屋のフィリンジャール。
そうだ。シフは我を取り戻す。今は落ち込んでいるときじゃない。
「大丈夫です」そう言ってふらふらと立ち上がり、「すみません、こんなときに」と自分が正気であることを告げた。怪しまれないように。
けれどもシフは嘘が下手だった。心身ともに消耗しきっているのは誰の目にも明らかだ。
フィリンジャールは眉をひそめると踵を返して鍛冶屋へ向かった。不気味に思われたのだ。当然だ。そう思われても仕方ない。
すると意外にも、彼は小屋の戸を開けシフに呼びかけた。
「無理するな冒険者さん。しばらく家で休んでいけ」
「ヘルゲンがドラゴンに…。信じられん話だが…」
フィリンジャールはロウソクの明かりにマーラのアミュレットを照らしながら言う。「何日か前、ドラゴンに村を焼かれたといって逃げてきた夫婦がいたよ。リフテンに行くって言うから、砦を避けて抜け道を通るよう教えたんだが、あれは本当だったんだな」
そうして太い指でつまんだアミュレットをシフに見せた。「表面が少し削れちゃいるが、石は傷ついてない。預けてくれれば二、三日で直してやるよ」
「本当ですか ! ?」シフの目が輝く。「ああ。ただし 100 セプティムだ」
「あー…」シフの顔が曇り、すとんと椅子に座りこむ。
「なあに、山賊の武器を鍛え直したらおっさんが買い取ってくれるんだろ?」振る舞われた酒を飲み、赤い顔のタニシが言う。「そうすりゃ 100 セプティムなんてあっという間だ。だろ?」話を振られたフィリンジャールも目のすわった顔でうんうんとうなずく。「もちろんだ。まともな剣なら一本 5 セプティムで買い取ってやるよ」「そりゃあんまりだ」
はっはっは、と互いに笑う。見たか、これが酒の力だと言わんばかりに。重苦しい顔のシフとは全ての面で対照的だった。我慢できずシフが言う。
「でも、私には死者を冒涜することはできません」
タニシとフィリンジャールが顔を見合わせる。
「な?こいつこんなこと言ってるんだよ。まったく、どこの貴族様だって感じだろ?」
ムッとするシフ。するとフィリンジャールも「全くだ」と同意した。
「なあ子犬のシフちゃん。あ?子猫のシフだったか?」酒臭い息を吐きかけながらフィリンジャールがシフの肩に手を置く。どっちも違うよ。
「ストームクロークはな、くず鉄をかき集めて武器や鎧を作って戦ってるんだ。スカイリムのためにな。なんでも持ってる金持ちの帝国とは違うんだよ」
ストームクローク。シフの頭で知識を反芻する。ウィンドヘルム首長ウルフリックの旗の下に、帝国軍と内戦を続ける反乱軍。この鍛冶職人はストームクロークに賛同しているようだ。
「武器や鎧を野ざらしにしてもな、誰も喜んだりしない。もし他の山賊に取られたら別の誰かが傷つくことになる。それは嫌だろ?」
シフはうなずく。
「内戦が終わってスカイリムが平和になれば山賊も減る。それまでの辛抱だ」
辛抱。
「聖女マーラに従って清く正しく生きるのも悪くはないが、それで汚いところから目をそらすってのは間違いだと俺は思うよ」
「…」
「ん?寝てるのか?」シフが身動きしないので、勘違いしたフィリンジャールがシフの目の前で手をぱたぱたと仰ぐ。
タニシが言った。「おっさん。悪いが、今晩泊めてくれないか?二人とも一文無しなんだよ」
それを聞いたフィリンジャールがわずかに顔をしかめる。「寝床は貸さないぞ。血のニオイがうつったらたまらんからな」
「そんなー」
またしても二人の間で笑いが起こった。ただシフだけが、全身が頭になったように考えつづけていた。
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