035
「ふむ」
鍛冶場の椅子に腰かけ、フィリンジャールが一本の剣を見定めている。それを緊張した面持ちで見守るシフ。
「大したもんじゃないか。とても初めてとは思えないな」
フィリンジャールが顔を上げて言った。それを聞いたシフもほっとする。
「売れば 5 セプティムにはなるだろう」
「ええっ ! ?」シフは思わず大声をあげてしまう。そんなの、前に冗談でタニシに言ったのと同じ値段ではないか。
「…何が足りないんですか」
肩を落とすシフに、フィリンジャールは首を横に振って言う。「質の問題じゃない。お前の顔で売っても誰も高く買い取ろうとはしないってことだ」
そう言ってフィリンジャールはからかうようにシフの頬をつまみ、ふるふると揺らす。
「あー…」シフは横目で苦笑いした。結局足りないのはいつも話術だ。
「ただな」
指を離してフィリンジャールが言う。「俺なら木炭を混ぜて鋼鉄の武器にするね」
「鋼鉄?」「ああ」そう言って丸太のような腕を伸ばすと、手の平に黒い破片が握られた。
「薪割りはやったことがあるか?薪を溶鉱炉に入れれば木炭が作れる。その炭で鍛冶場の温度を上げれば、鉄より硬い鋼になるんだ」
「鋼鉄にすると、どれくらい価値が上がるんですか?」「鋼鉄の剣なら 11 セプティムだ」
11 セプティム。シフは職人のマニュアルを開き、ぱらぱらとめくって素材を確認した。鉄の剣に必要なのは鉄のインゴット二個と革ひも一本。かたや鋼鉄の剣は、鋼鉄のインゴット二個に、鉄のインゴット一個、そして革ひも一本。必要な素材が増え、若干、付加価値もついている。ただ、シフの話術では鉄のインゴット一個買うのに 10 セプティムかかるので、足りない素材を買って補おうとすると全くといっていいほど利益がなくなってしまう。
あまり期待したほどではない情報に、シフは複雑な気持ちを抱いた。シフの実力では、どこかで素材を調達しなければ、作るほどに赤字になってしまう。山賊の武具が素材になるとタニシが言ったのには、こういう理由があったのか…。
そんな浮かない表情のシフに気づいたフィリンジャールは、指を立ててさらに付け加えた。
「それにな、鋼鉄の武器を作ったほうが鍛冶の上達は早くなる」「そうなんですか?」「ああ。お前もわかっていると思うが、鍛冶は繊細な仕事だ。だから作る武器や鎧が難しいと、得られる経験も多い」
それを聞いたシフはマニュアルとフィリンジャールの顔を交互に見ながら言った。「えっと、それじゃあ鋼鉄の武器で一番多くの経験が得られるのは…鋼鉄の両手剣ですね?」
「よくわかったな。その通りだ」ニッと笑顔が返ってきて、シフはうれしくなった。
「あと、ひとついいですか?」「ん?何だ」
「その、お前っていうの、やめてもらえませんか?私、シフです。銀狼のシフ」
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「質問がある」
何本もの武器を背負いながらタニシが言った。「何?」同じく武器を背負いながら、よたよたとリフテンに向け歩くシフ。
「どうして『お前』って言われるのが嫌なんだ?おっさんにも言われたぞ」
「だって、むかつくじゃん」
しれっとシフは言う。それ以外の理由はなかった。「私にはシフって名前があるんだ。それなのに『お前』って、バカにされてるみたいで嫌なんだよ」
「シフ」「なんだよ」うんざりしたようにシフが言う。「鋼鉄のインゴットを作ったら、その使い道は二つある」
「武器や鎧を作る以外の方法があるのか?」
「ああ。ロックピックを作るんだ」
「ロックピック?」
山賊からの戦利品。わずかな金貨。水。酒。少しの食べ物。たまに宝石。そしてロックピック。
「わざわざ作らなくても手に入るじゃないか」
「ふっ」とタニシが勝ち誇ったように笑みを浮かべる。「鍛冶を早く上達させるには、ロックピックを作ってそれをまた溶鉱炉に放り込むんだ」
鋼鉄のインゴット一個から 15 本のロックピックが作れる。そしてロックピック 72 本を溶鉱炉に放ると、鋼鉄のインゴットが一個作れる。それをインゴットが失くなるまで繰り返すのだ。
「なんて無駄な」シフはあきれて言った。「なんだと」
せっかくのアドバイスを鼻であしらわれ腹を立てるタニシ。ただでさえ金がないのにそんな無駄なことができるかと反発するシフ。
そんな他愛のない話をしながら二人はリフテンにたどりつき、製作した武器を鍛冶職人のバリマンドに売り払った。全部で 200 セプティムほどになった。
それを持ってシフはマーラの聖堂へと向かった。聖堂には昼の祈りを捧げ終えた司祭マラマルが立っている。ディンヤの夫で、リフテンの人々にマーラの愛を説いているが、あまりに熱心なゆえに反発をかうこともある。
「寄付は受けつけているか?」シフが 5 枚の金貨を取り出した。それを聞いたマラマルは、フードの内側から笑顔をのぞかせる。
「おお、なんとありがたい。聖堂の支援でいま一番助かるのはお金なんだ」
深々と礼をする司祭の手に、チャリンと金貨が納まる。
「それから、一つお願いしたいことがある」シフが言った。
「何かな?」
質問を待つマラマルに、シフはタニシの腕を持って言う。
「私はこの人と結婚したい。式をあげてくれないか?」
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