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「重いって…もう少し自分で歩けよ」

しこたま飲んだタニシはまともに歩けないほど酔った。仕方なくシフはタニシの大きな身体を背負い、二人羽織のような見た目でよたよたと宿屋の寝室まで運んだ。

どさり、と土嚢を下ろすようにベッドに投げ捨てると、タニシはうなされながら腹をかく。

今日は快適に寝るのは難しそうだ。シフはケープを毛布のように巻くと、壁に背をつけて座りこんだ。

「おい」突然タニシが大声で呼びかけた。シフがあわてる。

「話すことがあったんらろ?」

寝言のようにタニシが言う。さらに、話せ、と何度も言って急かす。こんな状態でまともな話ができるとは思えないが。仕方ない、寝るまで付き合ってやろう、とシフは思った。

「ドゥーマーについて教えてほしい。とっくの昔に滅んだと言ったな?なぜだ?」

「知らんっ」タニシが怒鳴る。

…どこまで酔っているのか。「知らないのに滅んだってどうしてわかる?」

タニシは目を閉じたまま顔を手でこすっている。「んあー…消えた。消えたんら。消えた…らしい。ん。消えた。ドゥーマーみんな、な」

「消えたってどこへ」「知らんっ」「…」

ドゥーマーは消えた。圧倒的な技術力を誇ったドゥーマー。それがとっくの昔に消えた?しかも理由もわからないなんて。

めちゃくちゃだ。

「ドゥーマーが消えたって、それは有名な話なのか?」

「もちろんっ」ぶふー、とタニシが酒臭い息を吐いた。「誰でも知ってら」

少し苦しそうに見えたので、シフはその背中をさする。その間も、自分の知識とあまりに違う内容に困惑しつづけていた。

「…ぐー」まずい。タニシは今にも深い眠りに落ちようとしている。

「おい、最後の質問だ、起きろ」シフはタニシをゆすってたずねた。「今は何年だ?第四紀じゃないのか?」

「いま…第…四紀…」

うなされるようにつぶやくタニシ。

「…にひゃく…いちねん…」

「 ! ?」

頭が真っ白になった。第四紀 201 年。それはシフが知る時代より 100 年も前なのだ。

そして混乱を生み出した元凶は、シフが悩むことさえ許さなかった。タニシはシフの腕を引くと、ぐっとベッドへ引きこむ。

「あっ」

干し草のクッションがガサリと鳴る。毛皮のシーツは良く手入れされ、柔らかい。だがそんなことはどうでもいい。

「おい、待っ」それ以上話せないほど、強い力で抱きしめてくる。胸がつぶされ息が苦しい。両腕に力をこめ、なんとか必死に耐えた。冗談じゃない。これまでクマや山賊の襲撃から生き延びてきたってのに、宿屋の中でこんな酔っ払いに絞め殺されてたまるか。

そうしてしばらく無言の格闘が続いた。

「…」

ふと、誰かのささやきが聞こえてくる。

「…」タニシの声だった。

何だ。聞き取れない。腕に力を入れたまま、ドクドクと心臓が脈打つのを感じながらも耳をすませる。

「…そして我らは、独り身の人生が全きものではないと学ぶ…」

シフは別の意味で胸が高鳴った。それは婚姻の儀での聖句だった。言葉は少し違うが。

聖女マーラは創造物を生み、それを守りつづけると誓った。人々はその愛から、互いに思いあうことの貴さを学んだ。マーラのまなざしのもと、愛する二つの魂は結びつき、全ての喜びも苦しみも共に分かちあう。

すると、誓いの言葉に入ったところで、タニシの様子が変わった。

「未来永劫、愛しつづけることを誓うか…誓います…未来永劫、愛しつづけることを誓うか…誓います…」

何度も誓いを繰り返している。わずかに困惑しているように聞こえた。まるで、タニシ自身が自分の気持ちを確かめているように。

「未来永劫、愛しつづけることを誓うか…」


「誓います」


答えたのはシフだった。それがタニシの心の奥底に届いたのか、声が止む。

シフは続けた。「愛の神マーラの名において、二人の婚姻をここに認める」

突然タニシの力が抜けた。解放されたシフは、しびれた腕のまま大きく息を吸いこみ、ぜえぜえと何度も呼吸する。そんな苦闘など露知らず、タニシはスースーと寝息をたてはじめている。酒は便利だ。人にこんな思いをさせておきながら、翌朝になれば綺麗さっぱり忘れているのだから。


そうだ。忘れてしまうなら、今のうちに正直に言っておこう。

「タニシ」シフは小さくつぶやいた。

「私がタニシと結婚しようと思ったのは、ずっとこんな日々が続くと思ったからだ。それなら、タニシが言ったように、毎晩寝るたびに加護を受けられる方が得だって、そう思ったからだ。それだけだった、最初は。でも今は、それ以上のものが得られているように思う」

返事はなかった。

「ありがとう、タニシ」

それだけ言うと、タニシにいびきをかかせないよう注意しながら、シフも目を閉じた。そして間もなく夢の世界へと入っていった。



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