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石造りの小ぢんまりとした宮殿、ミストヴェイル砦の前で、シフは険しい顔で腕組みをするエリーンに挨拶された。
「あなたもマーラの信徒か?」
シフは驚く。マーラのアミュレットはケープの裏に隠し、首もとのチェーンしか見えないはずだからだ。するとエリーンの聖戦士と名乗る彼女は、「私はマーラ聖堂の使徒だったんだ」と言う。
なるほど、この商品を取り扱っていた本人なら、わずかな手がかりでもわかるというものだ。「じゃあ私の先輩ですね」とシフ。「でも、『だった』ってどういうことですか?」
「聖堂で祈っているだけでは悪は滅ぼせない。この手でリフテンに平和を取り戻したいんだ ! 」
熱気を持ってまくしたてる聖戦士。シフも、リフテンの人が暮らしやすくなるのは賛成だ。
「何か手伝えることはありますか?」
「武器だ ! 」聖戦士が叫ぶ。少し離れていたところで鍛錬していた衛兵たちは、「また始まったよ…」とあきれる。
「クソッタレどもを叩きのめす聖なる鉄槌 ! それこそ正義の審判 !」自分の世界に入ったかのように、聖戦士は高らかにうたう。シフは周りの注意が集まったことに恥ずかしくなり、小声で言う。「えっと…武器を持ってくればいいんですか?」
「ただの武器ではない ! 正義の代行者だ ! 」
「こいつにも浄化の霊薬を飲ませたほうがいいんじゃないか」とタニシ。シフはその腹にヒジを入れ、タニシは痛みでもんどりうつ。
「そ…その武器はどこにあるんですか?」そうシフが言うと、急に聖戦士は正気を取り戻したように、腕を組んで仁王立ちする。
「うむ…私はそんな武器を求めている」
ずっこけそうになるシフに、聖戦士はあわてて言う。「て、手がかりはあるぞ。ドブ街の商人は古今東西の流通に詳しい。何か教えてくれるかもしれない」
そこまで言って表情を曇らせる。「ただ、私はああいったところは少し苦手でな…。代わりに行ってくれるなら助かるよ」
「それくらいなら」とシフが了承する。すると、明るい笑顔になって聖戦士は言った。「ありがとう、えーと…」「シフです。銀狼のシフ」「銀狼か。いい名前だ」
聖戦士は手を差し出して言う。「シフ。マーラの慈悲を」
シフも自分の名前が褒められたのが嬉しくなり、はにかんだ笑顔で握手をかわした。
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宮殿に入ると、さほど広くない謁見の間にそのままつながる。中央で薪が赤々と燃え、それを取り囲むように作られた長机の食卓には、首長たちがいつでも食事をとれるようロースト肉やパイ、フルーツなどが並んでいた。
驚いたのは、薄汚い身なりのシフたちが入っても何も言われないことだ。正面の豪華な椅子に座る二人の女性は、怪訝な顔をしつつも、この貧乏な二人の旅人を追い出そうとはしない。それは、リフテンの組織が開かれたものであることを示すとともに、少しでもおかしなことをすれば、優秀な首長の私兵や衛兵が即座に始末するという自信の現れでもある。
どちらに話しかけると失礼じゃないのか。始めはそう考えたシフだったが、こんな容姿で失礼も何もあったもんじゃない。豪華なサークレットを身につけた女性にシフは話しかけた。
「こんにちは。私はリバーウッドから来た冒険者のシフです」
すると女性はパッと歯を見せて笑う。「あら、こんにちは冒険者さん。普通は重要なことでないかぎり執政を通すものなのだけど?」
一瞬にしてシフの血の気が引く。
と、シフが恐縮して固まるまで計算に入れたかのように、くすくすと笑った。「気にしないで。冗談よ。それで、首長である私に何の用かしら?」
首長ライラ・ロー・ギバー。わずかに頬に皺の寄ったこの首長は、様々な問題を抱えるリフテンにおいて、優秀な部下にも助けられながら精力的に職務を行っている。シフも、その凛々しい顔立ちと落ち着いた声に尊敬の念を抱く。
「あの、すくーま?を売っている人が潜伏している場所を突き止めたんですが…」とシフが切り出すと、ライラの顔が急に険しくなる。「本当?」
「はい。サルティスという者が、リフテン水産の倉庫にいるらしくて」
「ええ、私たちも彼を追っているわ。あと一歩というところでいつも逃げられてしまうんだけどね。…それで、リフテンの住人でもないあなたが、どこでそんな情報を得たの?」
シフは当然の質問に口ごもる。まずい。沈黙はまずい。
「あの、港で会った友だち…です。リフテンでスクゥーマが広まって困っているって…。解決すれば、友だちも喜ぶと思って」
シフを直視したままライラは目をそらさない。情報の出所を言え。正確には、誰の情報か言え。そう目が言っている。
「あの、彼女は心を入れ替えてちゃんと働くつもりなんです。だから…取り調べとか、逮捕とか、しないでほしいんです。お願いします」
深々と頭を下げる。ケープの内でアミュレットと首輪がこすれ、チャリンと鳴った。
「…」ライラは視線を横に向ける。話を聞いていた隣の女性がうなずいた。それを見たライラは視線を戻し、話を続ける。「わかったわ。いいでしょう。あと…そうね、もしサルティスに対処してくれるなら、首長としてお礼をするわ。どう?」
今度はシフがタニシを見た。タニシはうなずく。「わかりました。でも。倉庫に入る手段がなくて…」
「それなら安心して」そう言ってライラが腰の鍵束を取り出し、ジャラジャラと鳴らしながら一本の鍵を外す。
「リフテン倉庫の合鍵よ。首長の権限で立ち入ることを許可するわ。社長のボリーには私の方で言っておくから、逃げられる前に急いでちょうだい」
体温であたたまった鍵を受け取ると、シフはライラとタニシに交互にうなずいて、宮殿を後にした。
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