043
夕焼けに染まるリフテンの街を歩きながら、シフの顔には暗い影が差している。クラッグスレイン洞窟のスクゥーマ商人を倒したところで、ボロボロの家を買わされるようなことにでもなったら、あまりの仕打ちに、とても正気ではいられなくなってしまう。
するとそんな不安をかき消すようにタニシが言った。
「安心しろ。首長が直々に家を買う権利をくれるってのは、褒賞の前準備だからな」
「ほうしょう?」「従士に任命されるってことだ」「じゅうし…」「貴族みたいなもんだ」
「きっ…」
予想外の単語に、シフは立ち止まる。
貴族。働きもせず、うまいものをたらふく食い、豪華なドレスを身にまとって…
うらやましい。
違う。「だめだ。そんなものになったら、私は堕落してしまう…」
頭を抱えてしゃがみこむシフ。と、ふいにシフの身体が軽くなった。
「?」
きょとんとした顔のシフ。抱きかかえられたまま、タニシと目が合う。
何をしてるんだ。シフの頬が真っ赤になる。「おい、降ろせよ」
「何を勘違いしてるかは知らないが、内戦中にそんな贅沢ができるわけないだろう?」
あー…。
恥ずかしさと期待と困惑に満ちたシフの目から、みるみる光が失われる。そんなシフをからかうように、タニシは「マーラの使徒が欲に負けてどうする」と言った。
キッと豹変するシフ。「負けてない。…負けない」と返し、タニシの腕から飛び降りた。そのまま足を踏みしめて歩き出し、「ビー・アンド・バルブで寝るのは今日が最後だ ! 」と手を挙げて自らを鼓舞する。
まだ 1000 セプティムも持ってないのに良く言うよ。タニシは溜め息をついてシフを追った。
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「貧すれば鈍する、って本当だな」
宿屋のテーブルでシフがポテトスープをすすりながら言う。
「なんだ藪から棒に」タニシは串に刺した焼肉をかじりながら言う。
「え?ナンダヤブ?」「…」
やはりシフは色々抜けている。話を聞いていないのか、知らないのか。それとも自分の発音はそんなに悪いのだろうか?そうタニシが心配になるほどだ。きっとこの後はこうだ。藪から棒にって言ったんだよ。ヤブカラボーニって何だ、料理か?はぁ…。
タニシはそのあたりの不満は言わず、肉をハチミツ酒で流しこんだ。「それで、何が言いたい?」
「ああ…」シフはスープに目を落としたまま、スプーンの腹でジャガイモのかけらをつぶす。「…倉庫のことを首長に報告したとき、私は褒美を期待してしまったんだ」
唇を噛み、悔しそうにしている。「それがどうした?」と何が問題なのかわからないタニシ。
「私はマーラの使徒なのに、見返りを期待してしまった」
何が悲しいのか、目に涙まで浮かべている。
「それで、首長が何もくれなくて、代わりに家を買う権利をやるって、最初は嬉しいと思ったけど、敵の本拠地を潰さなきゃダメなんて、ケチだなって、砦を出たときに、少し、思ってしまったんだ」
ひくひくとノドを鳴らすシフ。そのまま顔を手で覆ってしまった。
なるほど。タニシはシフが何に苦しんでいるのかを理解した。貧乏が続いて心の余裕を失ったことがつらいのだろう。まあ、そもそも見返りのない奉仕なんてタニシには考えられないことだが。
タニシは酒を一口飲んで言う。「自分が愚かだってわかってよかったじゃないか」
「…」
わずかにシフが指を開き、その間からタニシの顔をのぞく。
「これを試練と思って克服できれば、困ってる人の気持ちが前よりもわかるようになるんじゃないか?だろ?」
「…」
そう言われたシフの身体が固まる。考えているようだ。全ての注意が頭に行ってしまうほどに。
「…」しばらく無言のまま止まっていたが、急にごしごしと顔をケープで拭うと、ぱっと笑顔になって言った。
「なんか、私の方がマーラの司祭に教わってるみたいだな」
へへ、と照れながら笑うシフ。迷いの消えたその微笑みは、以前見たときと同じ。見ている方まで嬉しくなる。
そうだ。そんなシフの顔を見ていたい。タニシは酔った頭でぼんやりと夢心地だった。
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