036
鳥がさえずり、リフテンの街が目覚める少し前。静まった聖堂にマラマルの聖句だけが響く。誰も知るもののない小さな結婚式は、聖堂の司祭と、ただ一人、朝の礼拝に訪れたエリーンの大魔導師だけが見届ける。
「…そしてその愛から、独り身の人生が全きものではないことを我らは学ぶ…」
タニシは緊張で鉄のように硬直していた。わずかにこの日を期待し、そしてこの日が訪れた場合のことを覚悟してはいたが、まさか本当にシフが腹をくくるとは思っていなかった。それもこんな急に。
聖女マーラの下では全ての愛は等しく尊い。性別や種族に関係なく、マーラのアミュレットを身につけた者が求婚し、相手がそれを受け入れれば、二人は生涯の絆で結ばれる。
でもいいのか?俺だぞ?
そんなふうに悶々としていると、不意にシフが袖を引っ張り、あごで前を差した。マラマルがタニシをにらんでいる。
「未来永劫、愛しつづけると誓うか?」
タニシはシフを見た。シフは目を合わせず、祠を見つめながら返事を待っている。
不思議な気持ちだった。
互いに言いたいことは山のようにある。その量は、タムリエルで最も高い山である『世界のノド』よりもきっと多い。そして二人はモロウウィンドのレッドマウンテンのように絶え間なく噴火し、衝突し続けるだろう。
いつまでも。
「…ああ、そうだ。これからも、ずっと」
それを聞いたマラマルは、シフに問う。「未来永劫、愛しつづけると誓うか?」
シフは司祭の瞳、そしてその奥に立つマーラの像を見て言った。
「…誓います」
すっとマラマルが息を吸い、一際大きな声で唱える。
「愛の神マーラの名において、二人の婚姻をここに認める ! 」
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「結婚おめでとう」
エリーンの大魔導師が二人を祝福した。シフは笑顔でお礼を言う。その指には、二人がひとつであることを示す絆の指輪が収まっている。タニシは、自分の指にもはまっているそれを明かりに照らしながら、まるで自分が別人に入れ替わってしまったかのような妙な気分をおぼえていた。
「マーラの司祭は太っ腹だな。タダで式をあげてくれて、こんなもんまでくれるなんてさ」
タニシが思ったままを口にした。スカイリム北西にある首都ソリチュードは、帝国とのつながりも強い。もし彼らの様式に従ってそこで結婚式を行えば、きっと数千セプティムはかかるだろう。
シフは返事をしなかった。
その晩、宿屋のベッドで二人は初めて一緒に寝た。
月明かりはカーテンで隠され、他の客のいびきがかすかに響く。
「バリマンドが金を払えば鍛冶を教えてくれると言った」
シフがつぶやいた。背中からその身体を抱いていたタニシが「払ったのか?」とシフの髪越しに言う。「私だけの金じゃないから」そうシフは答えた。
そしてわずかに顔を動かして言った。「どうして黙っていた?」「何を」「技能を訓練してくれる人がいること」
タニシは少し黙ると、シフの耳にかかった髪を後ろに送った。「俺が知ってること全部言っても、シフは覚えてられないだろ?」
「ごまかすのはやめてくれ」タニシに向き直ってシフが言う。「私を育てようと盗賊にまで誘ったのに、誰かに教わるなんて簡単な方法をどうして言わない?隠してたからじゃないのか?」
「教わってばかりだと俺になるからだ」
そう言ってタニシはきゅっとシフを抱きしめた。「おい、ちょっと、やめろ、苦しい」
「俺は両手武器と軽装ばかり鍛えて他をないがしろにした。だからドラゴンに勝てなかった」
嫌な思い出がよみがえったのか、タニシはシフの首元に顔をつけて言う。かちゃりと首輪が鳴る。
「レベルはどれだけスキルを鍛えたかで決まる。両手武器が上がりきってしまえば、どれだけ戦槌を振ってももう俺は強くならない。だからそれ以上強くなるには、素人レベルのまま放っておいた技能を練習するしかなかった。それまで英雄として称えられてた戦士が、弓すら引けず衛兵に笑われ、肉すら焼けない火を放って学生に笑われるんだ」
それは、ヘルゲンから脱出したときにシフが言われたのと同じだった。あのときシフが怒ったのと同じ感情を、タニシも抱いたのだろうか。シフよりも長い間、ずっと。
そうして耐えられなくなって、あのときのシフと同じように人々から離れ、そして…。
「…」
シフはタニシの力が弱まったのを感じると、その両腕をほどき、胸の前に持ってくる。二人の絆の指輪が近づいた。
顔を上げると、暗闇の中でわずかに光るタニシの瞳がうつる。少しでも首を伸ばせば、互いの唇が重なるほどに近い。
「ふっ」
くっくっく、と思わずシフが笑う。「タニシの顔、鏡で見せてやりたいよ」
「なっ」ムッとするタニシに、ニヤニヤしながらシフは言う。「まじめなタニシの顔ほど面白いものはないな」「何だと。いつも面白い顔しやがって」
そう言ってタニシがシフの頬を引っ張る。「やめふぉ」じたばたと暴れるシフ。ははは、と歯を見せて笑うタニシ。
そうして二人がベッドの上で遊び疲れて眠るまで、夜空を照らす双子の月は、カーテンの隙間から二人の様子を優しく見守っていた。
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