042
「他に誰もいないか?」シフが二人の亡骸を見ながら言う。「ああ」と階下から大声で返事をするタニシ。「シフ、ちょっと来い」
呼ばれたシフが木の階段を下り、じめじめした石壁の地下へ着く。タニシが小部屋の中でしゃがみこんで手招きをしている。
「見ろ。スクゥーマだ」
紫の小瓶がいくつも並ぶ。体力のポーションは赤。スタミナのポーションは緑。そしてマジカのポーションは青。そのどれにも属さない異物。隣に、皿に盛られた粉が並ぶ。わずかに飛散する粉末は、シフにある物を思い出させた。
「これ、ムーンシュガーか?」そう言って手を伸ばすシフをタニシが止める。「やめろ。ヘタに動かすと共犯だと思われるぞ」
思わず引っ込めるシフ。
ムーンシュガーは、ブラックマーシュに生えるヒストの樹液から生成される甘い粉だ。エイダールチーズやエールと一緒に煮込むことで、極上のエルスウェーアフォンデュとなる。大抵のノルドにとってはただのチーズ煮込みでしかないが、魔術師にはまるでエセリウスとつながったかのような感覚をもたらし、泉が湧き出すようにマジカが回復する。錬金術に使えばその効果は絶大だ。
「すくーまは、ムーンシュガーから作られていたのか…」
薬も過ぎれば毒になる。ムーンシュガーがまともな店で売られていない理由を、このときシフは初めて知った。
再びシフとタニシはサルティスの亡骸のもとへ戻った。もう一人は革と鉄の簡素な装備だったが、サルティスは金色に光る見慣れない造形の鎧をまとっている。
「この鎧、何て言うんだ?」シフが問う。「知らないのか?ドワーフの鎧だ」「ドワーフ?」「ドゥーマーって言えばわかるか」
シフが首をかしげる。「ドゥーマー?こんなものドゥーマーが着ているわけないだろ」
シフの言葉に、今度はタニシが首をかしげる。「なんでそんなことがわかる?やつらはとっくの昔に消えたのに」
「?」話が噛み合わない。シフがタニシを無言で見据える。思わずタニシは「何だよ」と照れて目をそらしてしまった。
「タニシ」シフが呼びかける。「ああ」「今晩、少し話そう」「…ああ」
そうだ。こんな血の匂いが染みついた場所で長話なんて。そんな不気味なことをするのは山賊か吸血鬼くらいのものだ。
「何だこれ」
サルティスの身体からドワーフの鎧と兜を取り外していると、一冊の薄い手帳が出てきた。シフが膝をついて手に取ると、日記とおぼしきその中に、一枚の羊皮紙が入っている。
『出荷準備完了
クラッグスレイン洞窟で生成しているスクゥーマがそろそろ完成する。
金を持って取りに来い。
キリニル』
「ここがスクゥーマの出所みたいだな」シフの言葉にタニシが「ああ」と相づちをうつ。
「あとは首長に報告すれば終わりだ」そう言って立ち上がるシフ。ただタニシは浮かない表情だった。
「目と鼻の先にある砦すら放っておく衛兵がまともに動くとは思えんがな」
はたして状況はタニシの言う通りになった。ドワーフの重い鎧を鍛冶屋に売り払ってミストヴェイル砦に戻ると、首長ライラは倉庫でタニシが見せたのと同じような、浮かない顔を見せる。
「ごめんなさい。スクゥーマの売人に対処してくれたのは感謝するわ。でも、内戦でこれ以上割ける人員がないのよ」
「そんな」シフが食い下がる。「このまま何もしなかったら、またウ…友だちみたいな被害者が出てしまいます」
「ええ…。わかってる。でも、こればかりはどうしようもないのよ」
な?とシフに言うタニシ。ふざけるな。こんなモグラ叩きみたいな事態を放っておけるか。
そんなとき、隣に座っていた女性がライラに何やら耳打ちする。執政のアヌリエルだ。ライラはうなずき、シフを見て言う。
「ねえあなた、サルティスを倒した腕があるなら、この件を解決してくれないかしら?」
「え」変なところからシフの声が出た。
「もし解決してくれたら、リフテンで不動産を買う権利をあげるわ。湖に面した一軒家を、格安でね」
「格安…」「ええ。宿屋二ヶ月分でどうかしら」
「かしこまりました」
思わずシフは答えていた。あれ?
まるでもう一人の自分が答えたように感じた。「助かるわ。それじゃあよろしくね」と笑顔で言う首長ライラ。
お辞儀をして砦を出た後も、シフはなぜ自分がそんな返事をしたのかわからなかった。いずれにせよ、首長直々の依頼を取り消すことなどできるはずもないのだが。
根無し草の生活がそんなに嫌になったのか。そうかもしれない。持ち物はいつもいっぱいで、錬金や鍛冶の素材を確保しておくこともままならない。人々が残飯を捨てる樽の中に隠しておくことさえあった。売買で手にした金はその日の暮らしに消えてゆき、まるで穴の開いた袋に金貨を入れるような気分だった。なんせリバーウッドへ結婚の報告に戻ることさえできていないのだ。
それでもシフは自分で言ったことを後悔していた。宿屋二ヶ月分、たった 3000 セプティム程度の金額で買える家なんて。その家に屋根はあるのか。板は腐っていないか。壁を押しても崩れないか。…。
気がかりなことは増える一方だった。
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