037

目が覚めて、シフは恋人の癒しを自覚した。なぜか心が満たされている。奇妙だ。こんな気持ちは初めてだった。

それがシフには気に入らなかった。

「気分が悪い」

「顔色はずいぶん良さそうだけどな」

宿屋のテーブルでヤギ足のローストをかじりながらタニシが言う。そう。調子が良いのが嫌なのだ。おかしいではないか。内戦、山賊、ドラゴン。今のスカイリムには良いことなんて何ひとつない。なのに、この目の前のガサツな戦士気取りと寝るだけで、頭はすっきりし、気持ちが高揚してしまうなんて。いくら聖女マーラの祝福だからってやりすぎだ。

ヘルゲンより以前の忌まわしい記憶さえもどんどん遠くへ離れてゆくようだ。あーダメだ。だって、

だって、これじゃあ私が幸せみたいじゃん。

シフは兎肉のローストをかじって言った。「いまの私には試練が必要だ」

早くも朝食をたいらげたタニシは、軽くげっぷをして言う。「ふぅ。試練か。欲しいならいくらでもあるぞ」

「いくらでも来い」シフも負けじと食事を急ごうとする。けれども身体は胃に食べ物を捨てるような粗末な行いを許さない。思うように食は進まず、仕方なくもぐもぐと口を動かす。

タニシは手の平を閉じ、ひとつずつ指を開きながら言う。「家、馬。これは前にも言ったな?次にマーラの愛を広めて、ウィンドヘルムへ向かう」

四つの試練。「マーラの愛のためなら何でもできる」「その意気だ。けどその前に確認しよう。リフテンにはいくつ九大神の祠がある?」

「え?」いくつ、という問いにシフは困惑する。「聖堂のマーラの祠と…」「うん」

タニシは手を開き、親指を曲げる。明らかに複数あるジェスチャーだ。シフはかすかな記憶をたどる。

「…ゼニタールの祠?」「ああ。エリーンの商船にな」シフは心の中で拳を握って歓喜した。だが、それ以降が出てこない。

そのときシフは、この街のことをほとんど知らないことに気づいた。これまで何度か出入りしてきたにもかかわらず。

「…わからない」

「そうだろうな」タニシがテーブルから身体を離す。「街の中でシフはいつも俺の方しか見てないからな」

「そんなわけあるか…よ」思わず否定するシフ。けれども、ならず者の多いこの街で、タニシの背中に隠れるようにして歩いていたのも事実だ。一人でも安心できるのは聖堂だけだった。

「怖ければ手を握ってやってもいいんだぜ」そう言って得意気に手を開閉すると、怒ったシフがタニシの鼻を思いっきり曲げた。

「いてぇっ ! 」

タニシが大声を上げる。二人の痴話喧嘩が宿屋ビー・アンド・バルブの名物になるのもそう遠くない。

****

「リフテンには五つの祠がある。愛の女神マーラの祠。商売の神ゼニタールの祠。三つ目は、聖堂の下にある『死者の間』のアーケイの祠だ」

死者の間。聖堂の下に遺体を安置する場所があるとはシフも知らなかった。アーケイは生と死を司る神だ。タニシは赤い鼻をさすりながら続ける。

「四つ目。家を持たない労働者が寝泊まりする宿舎がこの隣にあるんだが、そこに美の女神ディベラの祠がある」「どうしてそんなところに?」「宿舎を管理するヘルガがディベラの信徒だからだ」「…ふーん。それで五つ目は?」

「リフテン南西に戦神タロスの像と祠がある」

タロス。それがこの内戦の引き金であることをまだ知らないシフは、そのことを気に留めず言う。「それで、私に祠の場所を教えた理由は何だ?タニシもマーラの教えを学びたくなったのか?」

「…」鈍いシフにタニシは歯がゆくなる。「祠の祝福をうまく使えば、シフの力を底上げできるだろうが」

「…?」ピンとこないシフ。タニシは溜め息をつく。「たとえばアイテムを売る前にゼニタールの祠に祈れば儲けも多くなるし、アーケイの祠に祈ってから街の外に出れば戦いも有利になるだろ?」

知っている。マーラの祠は回復魔法の消費マジカを減らす。ゼニタールの祠は売買がうまくなる。ディベラの祠は饒舌になる。アーケイの祠は体力とマジカを増やす。けれども。

「私がマーラの祠以外に祈ると思ってるのか?」あたりまえのようにシフは言った。いや、あたりまえだった。なぜならシフはマーラの信徒なのだから。

とはいえ、そんな頑固さは成長を妨げる要因にもなる。タニシは言う。「九大神の祝福はうまく使うべきだ。今までどれだけ買い物で損してきたかわかっているのか?」

ムッとするシフ。「それは話術が上がっていけば…」「星座の加護なしじゃ大して意味はない。ゼニタールの祝福を受ける方がましだ」

「…」シフは納得できず、不満な表情をする。「祝福が大したことないって言ったのはもともとタニシだろ?」すかさずタニシが言い返す。「盗賊ギルドや闇の一党に入るのに比べたらって意味だ。ないよりははるかにマシだ。それにディベラの祝福で話術を上げれば、交渉で無駄な犠牲を出さずに済むかもしれない。ほら、リフテンの門番とやりあった時とかさ」そこまで言って、我ながら見事な論理だ、とタニシは思った。

だがシフは「うーん…」と考えこむ。役に立つかどうかでしか考えないタニシとは違い、シフには大きな問題だった。自分の話術が未熟なことが原因で誰かが傷つくのは避けたい。けれどもそのために、他の神の祝福を受けるのは、マーラの愛に背いているように思えた。

一度に一柱の神からしか祝福を得られないのがもどかしかった。考えあぐねた結果、シフはマラマルに相談することにした。



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