039
「リフテン水産の仕事は辛いが、金は貯まるよ」
広場を歩いていると、薪を運ぶウッドエルフがシフに話しかけてきた。
「リフテン水産?」「金に困ってるんだろ」そのウッドエルフ、タイシス・ウレンが言う。図星だ。そんなみすぼらしい容姿をしているのだろうか。おそらくそうなのだろう。
「リフテン水産はホンリッヒ湖の魚の水揚げから養殖まで何でもやっている。もし興味があるならボリーに話せ。今なら執務室にいるだろう」
シフがタニシを見上げると、タニシが言う。「リフテン水産は街の外にある。見たいなら案内してやるよ」
二人はリフテン鍛冶屋の隣にある西門から外に出た。門の外はそのまま港へつながっていて、濡れた桟橋が縦横無尽にはしっている。
湖は息をのむ美しさだ。あざやかな青い湖面。わずかに雲のはしる澄み切った空。季節を問わず黄葉したポプラ並木が、縁を彩っている。
景色に見とれながら、滑らないように木製の階段を降りていると、ふっと視界の端から何かが飛び出してぶつかった。
「いたっ」思わずシフが声をあげる。
「ああ、ごめんなさい…」
謝った相手にシフが顔を向けると、トカゲの頭が視界に飛び込んできた。アルゴニアンの女性だ。けれども、同じアルゴニアンでも宿屋で会ったキー・ラバと違い、シフが見てもわかるほどにやつれている。視線もうつろだ。
「あの、大丈夫ですか」たまらずシフがたずねる。
「え、ええ…。いえ…ごめんなさい。ごめんなさい旅人さんに言うことじゃないんだけど本当に疲れているのごめんなさい本当に本当に本当に邪魔するつもりじゃないの本当よ本当」
「シフ。浄化の霊薬を飲ませてやれ」タニシが言う。シフはうなずくと持っていた浄化の霊薬、とても高額で一瞬ためらったが、そこでためらった自分に嫌悪しながら、そのアルゴニアン、ウジータに渡した。
ウジータはビンのフタを開け、一気に飲み干す。と、みるみる血色が良くなる。そう。それが普段のアルゴニアンの肌、というかウロコのツヤだ。
「ああ、ありがとう、旅人さん。助かったわ」ようやくウジータは笑顔を見せた。
「私、シフです。銀狼のシフ。こっちはタニシ」「ありがとうシフ」
「何があったのか教えてもらえませんか?」シフが聞くと、ウジータの顔がまた血の気を失う。「だめ。言ったら殺されてしまう」
シフは傷ついたままのマーラのアミュレットを見せて言った。「私、マーラの使徒です。困ってるなら力になりますよ」
その言葉と態度に嘘はなかった。ウジータはしばらくうつむいていたが、シフの持つ空ビンに目がうつり、信用して口を開く。「私、リフテン水産で働いているんだけど、仕事がきつくて、そしたらサルティスがスクゥーマをくれたの、疲れがとれるって。でも、一度試したらやめられなくなって、値段もどんどん高くなって…」
すくーま。それが何なのかシフは知らない。けれども、有害で依存性が高いものだというのはわかる。
顔を覆って嗚咽を漏らすウジータ。「ボリーに『次もそんな勤務態度ならクビにする』って言われて、私、怖くて…」
震えるその姿はまるでシフよりも小さくなったようだった。シフはその背中をさすり、落ち着かせてやる。
「そのサルティスって人はどこにいるんですか?」怯えさせないよう、シフは優しく言う。「倉庫に…でもダメよ、いつも鍵がかかってる…」
シフはタニシを見て言う。「衛兵に相談しよう」
するとタニシは首を横に振った。「衛兵には盗賊ギルドや情報屋とつながっているやつもいるかもしれない。直接首長に言ったほうがいいだろう」「直接?」「ああ。シフが思っているよりは、スカイリムの首長は住民に耳を傾けるやつらだよ」まあ、聞き入れるかどうかは別だが、とタニシは付け加える。
わかった、とシフは半信半疑でうなずくと、再びウジータに顔を向けて言った。「今日のことは誰にも言いません。だから安心してください」
シフの言葉にほっとしたように、ウジータは涙を拭いて言った。「ええ…ええ。ありがとう、シフ」
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ウジータと別れたシフたちは、再びリフテンの街に戻り、首長のいるミストヴェイル砦へ向かった。
『最初からのやり直しだけど、でも頑張ってみせるわ』
そう笑顔で言ったウジータ。シフは嬉しくなった。ただ、ひとつ気になることがあった。
「ウジータみたいに困ってる人を助けても、神々は私を祝福しない」
スクゥーマ中毒で破滅寸前のアルゴニアンと、市場の物乞い。神々が祝福するのは後者を助けたときのみ。シフはなにか不公平なものを感じていた。
すると、タニシはシフの腰をつつく。「ちょっと。何だよ」「お礼に治癒の薬をもらったろ?」
確かに。シフは治癒の薬をウジータから受け取った。そのポーションは浄化の霊薬には程遠い価値しかないが、ウジータのできる精一杯の感謝だった。
「物乞いに金を恵んでも見返りがなかったら、誰も助けないだろ?」だから神々は慈悲の贈り物を施すのだ。そうタニシは思ったままを言う。
「私は見返りがほしくてやってるわけじゃない」「あっそう」
ドン。今度はシフがタニシの腰を殴った。「おい、やりすぎだろ」タニシの文句にシフは答えず、すたすたと先へ進んでいった。
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