034

遠い夢だった。

その晩、アモル砦の東で吸血鬼とその従徒を葬った俺は、異形の雄叫びが大気を震わせるのを聞いた。空を黒い二つの影が覆う。俺は馬をその場に留まらせ、覚悟を決めて立ち向かった。

周囲の木が邪魔で空が見えない。俺は斜面を下り、湯気のたちのぼる水辺へと進んだ。

澄みきった夜空を二頭のドラゴンが舞う。一方は朱く、もう一方は黒い。


gaanlahaas


朱いドラゴンが叫び、はるか上空から紫の渦を放った。予想外の攻撃に俺は逃げきれず、その塊を浴びてしまう。

はじめ、俺の身体に異常はなかった。だが次の瞬間、俺の身体には異常しかなかった。

シュウシュウと音をたて、みるみる身体が腐ってゆく。まるで俺の意思に反して肉体が生きることを放棄したかのように。

冗談じゃない ! 俺は体力とスタミナのポーションを飲み、命をつなぎとめる。

俺は反撃したかった。だがドラゴンは降りてこない。黒いドラゴンが時折火球を放つ。その紅い弾は生きているかのように俺を捉え、爆音とともに俺の身体は燃えあがった。たまらず俺は転げ回る。炎は巣をつつかれたハチのように身体を這い回り、ただれた皮膚を容赦なく焼いてゆく。

ちくしょう。

そんな俺の思いなど興味がないかのように、ドラゴンはしばらく空を旋回していた。だがやがて飛ぶことにも飽きたのか、黒い一頭が翼をたたんで大気を押しのけながら落下してきた。

今だ。俺は一気に駆け出し、ドラゴンとの距離を詰める。渾身の一撃で、お前を葬り去ってやる。

ドォン !

ドラゴンが地面に足をつく直前、戦槌を振り上げた俺の身体は笑えるほど吹っ飛んだ。炎の嵐に巻かれ、天地がはちゃめちゃになる。

ようやく止まった俺が急いで身体を起こそうとすると、地に降りたドラゴンは俺が隙だらけなのをいいことにファイアブレスをお見舞いしてきた。

痛くない ! そう自分に言い聞かせ、俺は火の海のなかを立ち上がる。目の前に鋭い牙が並んでいた。びびるとでも思ったか?その細長い顎を打ち砕いてやる。俺は戦槌に力を込めた。

ドォン !

地鳴りとともにドラゴンは再び高く舞い上がる。とっさの守りも意味はなく、またしても俺の身体は人形のように転がされた。そこに追いうちをかけるように朱いドラゴンが俺の真上から降ってくる。爆風に吹き飛ばされた俺は崖を転がり落ち、手足が砕けるのを感じた。

俺は笑っていた。まるで相手にならないではないか。

俺はこのバケモノに近づくことさえできないのだ。

…ちくしょう。


真っ暗だった。痛みも何も感じない。

ただ俺の魂だけが、その光を弱めていく。

悔しかった。憎かった。俺はドラゴンが憎い。

悪意でできたあれが憎い。

あれは、この世界にあってはならないものだ。

あの悪意の化身を打ち倒せるなら、俺はこの身を捧げてもかまわない。


-- その言葉に偽りはないか? --


俺ではないものの声がした。それは再び問う。『その言葉に偽りはないか』。

ない。俺は答えた。


風を感じた。夜明けと宵の境目に吹く、かすかな風を。

それはかすかなロウソクの火を消すように俺の魂を薄めてゆく。

そのとき、誰かがささやくのを聞いた。


『黄昏の船を駆る竜は我らの手を離れた。

竜の大公を狩る者が目覚めようとしている。

外れぬ首輪を持つ者にお前を捧げるのだ。

泥這いのタニシよ…』



(c) 2019 jamcha (jamcha.aa@gmail.com).

cc by-nc-sa