032

「おっさん、武器借りるぜ」素早い身のこなしで戦槌を手にすると、タニシはシフに目くばせをして滑るように手すりを飛び越えた。

シフも負けじと「すぐ返します ! 」と自分を奮い立たせるように声を出す。そしてフィリンジャールの返事も聞かず剣と盾を持つと、手すり、は高くて乗り越えられないので、横から街道へ走った。

敵は五人。そのうち射手は一人。リーダーは…。シフは左右に顔を振った。最も豪華な装備をしているのがリーダーのはず…。

すると毛皮の鎧にまじってピカピカと光る鎧が目に入った。帝国軍の鎧からのぞく緑色の肌。大きな犬歯。隆起した筋肉。あの戦槌を持ったオークがそうに違いない。

「うおおっ ! 」

後先考えずタニシが敵の群れに突っ込んだ。はじめは弱そうなシフを狙っていた山賊たちも目の前を横切る死の鉄塊に怯み、ターゲットを変えた。

今だ !

シフがタニシの背後から飛び出し、弓を持つ山賊に真っ直ぐに剣を伸ばす。それは繊細な弓をバラバラにし、短剣に切り替えようとするわずかな油断を生んだ。

ズン。

ショール・ストーンの鍛冶屋は一流の職人だ。そう感じさせるのに十分な切れ味だった。真っ赤な返り血を盾で防ぎながら、タニシに襲いかかる山賊の背中めがけ振り向きざまに更なる一撃を放つ。

刃は綺麗な放物線を描き、バチバチと背骨ごと断ち切った。わずか二振りで戦況は三対二となる。

まるで別人のような剣さばきに一番驚いたのはシフだった。片手剣の加護、そして盾の加護をいくつか得ただけで、これほどに動きが変わるとは。

やるじゃん。ぺろりと口の端の血を舐め、タニシも続けとばかりに戦槌を横に薙ぐ。その衝撃はすさまじく、剣で防御した相手の指をへし折った。と、そこでタニシの息があがる。無鉄砲にもほどがある。

斧の強烈な一撃が態勢を崩した。無防備な頭部めがけ振り下ろされるオークの戦槌。


ドカッ !

「 ! ? 」

何かに押し出されたように、オークの身体が前のめりに揺らぐ。何だ?そう振り返る瞳の端にうつる銀色の筋。それがスッと力なく頬をかすめる。

視線の先にうつるのは、丸い目でぜえぜえと喘ぐ軟弱な戦士。邪魔をしたのはその盾か。怒りに、黄色い瞳がらんらんと輝く。

先にこいつをハンマーの錆にしてくれる。盾ごと頭を叩き割ってやろうと戦槌を構えるオーク。

と、次の瞬間、手から柄がすべりおちた。

ドクン。

足の先から生命が流れ出ていくような違和感に、オークの身体が動かなくなった。そのままみるみる血の気が引いてゆき、力なく膝から崩れ落ちる。

闇の翼が舞い降りてくる。ばかな。いったい何が?自然と閉じるまぶたが最後に捉えたのは、きらりと光る刃、そして、どす黒く変色したその切っ先を次なる標的に向けようとするシフの姿だった。

毒。

ヘルゲンで手に入れ、隠し持っていた猛毒。それは、スタミナ切れで放った力ない一撃でさえ頑強な戦士を葬った。ひ弱そうに見えるヘビにかぎって恐ろしい毒牙を持っているものだ。


誰のものとも思えぬ血で染まる二人。「湖で泳ぐか」とタニシが冗談を言う。シフは答えず、赤い足跡をつけながら鍛冶屋へと戻ってゆく。そのまま小屋の前を通りすぎると、鉱山の入口で立ち止まった。

そしてぼんやりと立つ衛兵に向かって言った。

「どうして私たちが襲われたのに助けに来なかったんですか」

衛兵は血まみれのシフの顔をちらりと見たが、すぐに視線を遠くへ戻す。

「私たちがやられたら、次はここが襲われるんですよ」

「俺の仕事じゃない」視線を合わせないまま衛兵は冷たく言い放つ。「じゃああなたの仕事は何ですか。リフテンの衛兵よりも立派な鎧を着ておきながら、ただここに突っ立ってることですか」

「そうだ」返事するのも面倒だ、そんな空気を漂わせる。「鉱山がクモに支配されても何もしないで、村が襲われても何もしないんですか。それなら石ころの方がましですよ。山賊がつまずくかもしれないし」

じろりと視線が動いた。にらみ返すシフ。だが衛兵は『言いたいことはそれだけか?』といった調子で再び視線を戻した。

石像め。こんなやつに期待するほうが愚かだった。シフはこれみよがしに剣を振るって血を払うと、抜き身のまま鍛冶屋へと引き返した。

と、何かにつまずいて思わずつんのめる。

??

驚いて足元を見ると、毛皮の鎧や鉄の短剣などが転がっている。

「シフ。手伝え」

そう呼びかけたのは、帝国軍の鎧を肩にかついだタニシだった。「私は着ないぞ」「ああ、勝手にしろ」ガチャリ、と武具の山に鎧を乗せてタニシが言う。

「これは素材だ。ここで武器を作り直せば鍛冶がうまくなる」



(c) 2019 jamcha (jamcha.aa@gmail.com).

cc by-nc-sa