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「このひずみをキーニングで広げれば、エセリウスへの門が開く」激しい地鳴りのなか、ヒゲをたくわえた人物が言う。低い背丈に短い手足。長いヒゲが載るほどの大きな胸。けれどもその肌は若くハリがあり、声も軽やかに高い。

シフは少し腰をかがめてたずねた。「ソブンガルデにも行けるか?」

神々の世界エセリウス。ノルドにとっての永遠の楽園ソブンガルデもそこにある。

「ああ、でもな」

振り向いた拍子にヒゲがシフの鼻をかすめる。びっくりしてシフは腰を引いた。相手はフッとわずかに笑うと、真顔に戻って言う。

「このヒビの大きさだと、行けるのは一人だけだ」

ガラガラと背後で部屋の天井が崩れた。それは地面とともに暗闇の渦へ飲みこまれてゆく。もたもたしている時間はない。もはや装置が機能を保っているだけでも奇跡なのだ。

「銀狼が行くんだ」

「でも」シフの言葉をさえぎって相手は続ける。「『世界を食らうもの』がこの災厄を引き起こしたなら、やつを倒せば溜め込んでいた力が解放される。そうすれば、この世界にも秩序が取り戻されると思う」

「…でも、それじゃあお前が」ためらうシフの鼻がチョンと突かれる。

「お前って言うのはやめろよな」「ごめん…デルガド」

デルガドはニッと笑顔を浮かべると、制御装置に目を向け、ガチャガチャと操作をはじめた。それができるのは卓越した知識と技術を持つ彼女だけ。一人しかエセリウスへ旅立てないのなら、誰が行くか、そして誰が残るのかは初めから決まっていた。

はりめぐらされたパイプが蒸気を吹き出しながら、中央のエリアにビリビリと稲妻を飛ばす。わずかな光の渦が、少しずつ大きくなっていく。デルガドが無言で華奢な刃物を差し出し、シフはおずおずとそれを握った。エセリウスへの門を開く祭器・キーニング。

「チャンスは一度きりだ。ひずみをそれで開いたら、すぐに飛びこめ。いいな」

シフがうなずき、中央への階段を昇る。

「銀狼」

デルガドに呼ばれ、シフが振り向いた。すぐ後ろまで暗闇が支配している。涙を浮かべるシフとは対照的に、デルガドはニコニコと笑っている。最後に大きな希望を残せたことに、若き天才技術師は満足していた。

「もしソブンガルデに迷いこんだドゥーマーがいたら、よろしくな」

装置からひときわ大きな光が放たれた。わずかにできたエセリウスへのヒビ。シフがあわててキーニングを振るうと、ガラスが割れるような音とともに刀剣は砕け散り、その破片が輪を作った。

すぐに飛びこめ。その言葉を思い出し、シフは反射的に輪の中へ入ってゆく。

ブゥン。

銀狼はエセリウスへと無事旅立った。役割を終えた破片は輪の形を失ってバラバラと地に落ち、間もなくその部屋ごと黄昏の闇へ吸い込まれていった。



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