014

ホワイト川の豊富な水は、今日もリバーウッド製材所の水車を回しつづけている。

ゴトゴトゴト…ガタン。

水力を利用した大きなノコギリが仕事を終え動きを止めると、ホッドは次の丸太を下ろしてレバーを引いた。丸太はコンベアのように進み、再び動き出したノコギリは粉を吹き出しながら淡々と両断してゆく。

それを眺めながら柱によりかかっていると、妻のジャルデュルが大声で呼びかけてきた。

「ホッド ! ホッド ! タニシが帰ってきたの ! ちょっと来て ! 」

「なんだって?」タニシが?

ホッドはノコギリの動きが止まったのを確認すると、鍵でレバーを固定し、急いでジャルデュルのもとへ向かった。

「ホッドおじさん」タニシが笑顔で手を振った。「タニシ ! どうしてここに?ウルフリックのところにいたんじゃないのか」

「そのことなんだ。ヘルゲンがドラゴンに襲われたんだよ」

「なんだって? ドラゴン !?」

「ドラゴン? ねえタニシ、ドラゴン見たの?」ドラゴンと聞いて、ホッドの息子フロドナーと犬のスタンプが駆けてくる。タニシは「しまった」と自身の不用意を後悔し、なおもホッドに言う。

「ここに来る途中で大切な仲間とはぐれたんだ。川沿いの道では会わなかったから、たぶんリバーウッドの南門から来ると思う。山賊や獣に襲われているかもしれない。一緒に助けるのを手伝ってくれないか」

「待ってくれ。聞きたいことが多すぎる」ホッドが両手をタニシに突き出す。「ウルフリックはお前とヘルゲンにいたのか?それになんだ、ドラゴンだって?」

おとぎ話の怪物がタニシの口から飛び出したことに、ホッドは動揺を隠せない。対して、フロドナーは目をきらきらさせてタニシに迫る。

「ねえ ! ドラゴンどんなだった? 火吐いた?」「ワン、ワン ! 」

たちまちタニシは質問の波にのみこまれてしまった。まずい。いちいち答えている暇はない。事態は急を要するというのに。

「タニシ、レイロフは無事なの?」ジャルデュルが兄弟の安否をたずねる。タニシはチャンスとばかりに大きくうなずく。「ああ。あいつならウルフリックと一緒に脱出したはずだ。仲間を助けてくれれば、ヘルゲンで起きたこと、俺が知っていることを全部話すと誓うよ」

タニシの目は嘘をついていない。それに安心したジャルデュルは、ホッドを向いて言った。「私は行くわ。村の責任者は仲間の先頭に立たなきゃね」ホッドが答える前に、ついてこいとばかりに力こぶを作ってみせる。

「ファエンダル ! 自慢の弓の出番よ ! 手伝ってちょうだい !」

製材所のそばで話を聞きながら薪を割っていたウッドエルフのファエンダルは、それを聞くと斧を置いて振り向く。「金は持ってるんだろうな?」

「まったく…」ジャルデュルがしかめ面をする。「わかった。ファエンダルには俺が払おう」タニシはそう言い、フロドナーを家に隠れるように促すと、ホッドらとともに南門へと向かった。

リバーウッド南門の先は急な坂になっており、ヘルゲンへと続く山道になっている。西門の方角からやってきたタニシがシフに会わなかったことを考えると、シフはリバーウッド南西のエンバーシャード鉱山あたりの林に迷いこんだ可能性がある。幸いその林はさほど広くない。もし東の道に抜けたのなら、南門から進めば鉢合わせするはずだ。

無事でいてくれよ。タニシは祈った。


雪の残る道を登りながら、ファエンダルは目を閉じ、その尖った耳をすませている。

「山賊の群れなら勘弁してほしいわね」ジャルデュルが口をすべらせ、タニシが「しっ」と唇に指を当てる。

「…」

木々のざわめきのなかから、ファエンダルは何かを聞き取ったようだった。目を開くと、何も言わず坂の上に向かって弓を構え、そのままじっと動きを止める。

…。タタッ。


「伏せろ !!」


ファエンダルがかすれた声をはりあげた。ホッドたちが頭を抑えてしゃがむがはやいか、きりきりと絞られた弓から矢が放たれた。

キュオンッ !

空気が驚いて奇声を放ち、矢は全てを貫くように一直線に飛ぶ !

バツンッ !

「行くぞ !」鈍い音を合図に、戦槌を構えたタニシが駆け出した。次いで手斧を持つホッド、短剣を手にしたジャルデュルが続く。


深追いしすぎた。一頭の眉間が弾けたとき、オオカミたちは思った。ムチムチとしたうまそうな肉を目の前にして、俺たちは冷静さを失ってしまった。くそっ。こんな村の近くまで来ちまうなんて ! それでも目の前で丸まったこの肉が放つ芳醇な香りに、本能が止まらんのだ !

「ウオー !」村の方角から二本足の敵が叫びながらやってくる。

おい、何してるんだ俺は ! 味のしない皮なんかに噛みついてないで逃げるんだよ !

「ガウッ ! 」

牙をむきだしにして一頭がタニシに威嚇する。タニシは足を伸ばし攻撃を誘った。噛まれてもレガースが足を守ってくれる。そこを横薙ぎに払えば、やつの死角から下半身を打ち砕ける。

さらにやや遅れてホッドたちがやってきた。これでタニシたちは四人。いずれも武装している。さすがに分が悪いと判断したか、もしくは我を取り戻したのか、オオカミたちは文字通り尻尾を巻いて元の縄張りへと退散した。

「シフ ! 」

ファエンダルに仕留められた亡骸、そのそばに、ローブを引き裂かれ、伏せて饅頭のように丸くなったシフの姿があった。



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