017
開いた窓から差し込む光と、いい匂いでシフは目覚めた。ここは、…ああ、そうだ。ここは、
「あらおはよう。良く眠れた?」ジャルデュルが笑顔で挨拶する。フロドナーとホッドもテーブルに着き、朝食をとっている。
「お、おはようございます」「ほら、あなたも席に着いて。ご飯たべましょ」「えー、ママ、お寝坊さんはご飯抜きだって言ってるのに」「あんたはすぐに起きないからでしょ」「ずるーい」
ははは、と食卓は朝からにぎやかだった。
朝食はパンにリーキのグリル、スローターフィッシュの焼き身。豪勢な食事に、シフの身体も目覚めてくる。
「お食事までいただいてしまって、すみませんジャルデュルさん」シフが謝る。するとジャルデュルはシフの目の前にあるカップにミルクを注いで言った。「あら、こういうときは謝るものじゃないわ。それに、朝の支度はホッドの仕事」
シフはホッドに目を向ける。彫りの深い顔に穏やかな表情をたたえている。単に眠いのかもしれないが。
「ホッドさん、ありがとうございます」シフは深々をお辞儀をした。
ホッドが目を見開き「あ?ああ」ととぼけた調子でぽりぽりと頭をかく。「あー、俺がお礼言われたのなんて何年ぶりかなあ。なあジャルデュル?」「はあ?何それ。私にあてつけのつもり?」
語気を強めてホッドに迫るジャルデュル。わずかな静寂ののち、家全体が揺れるほどの笑いが起きた。
あははは。シフも口元を隠して笑った。いいな、と思った。カップにそそがれたミルクを飲むと、隅々にまで浸透するようだった。
ふとタニシがいないことに気づき、ジャルデュルに問う。「タニシ?タニシなら外で朝のトレーニングしてるはずよ。あと、…そう。それで思い出したんだけど、あなたにちょっとお願いしたいことがあるの。いいかしら?」
神妙な面持ちになったジャルデュルに、きょとんとしながらシフが答える。「はい、なんでしょう」
「ホワイトランの首長に伝言をお願いしたいのよ。ここには衛兵もいないし、もしドラゴンに襲われでもしたら…」
「ドラゴンなんか僕がやっつけてやるよ ! 」手をふりかざすフロドナーの頭に、ジャルデュルの鉄拳が落ちる。「私たちはここから離れられないし、タニシの性格だと首長を怒らせちゃうだろうから…、ね。いろいろ面倒なこともあるかもしれないけど、お願い」
なんだ。そんなことか。
いいですよ。と言いかけて、それは失礼な返事の仕方だったことをシフは思い出す。えっと…
「か、かしこまりました ! 」
一瞬の静寂の後、笑いに包まれる。「そんな大げさなことじゃないだろ?はっはっは」ホッドは一際大きな声で笑った。
外へ出ると、ブン、という不快なノイズに思わず頭をかばった。戦のなかでその音が響けば、誰かが人の形を失くす。
タニシ。わずかな胸当てと肌着だけを身につけ、使いこんだ戦槌を振るっている。反乱軍の軽装鎧を着ていたときには気づかなかったが、見事な肉体だった。背中や太ももに浮きあがった汗がきらきらと輝き、肩から湯気をのぼらせている。
「おう」とシフに気づいたタニシが戦槌を置き、顔をぬぐう。固まったままのシフに「どうした。俺のナイスバディに見とれたか?」とからかう。
「そんなわけ…」シフは顔を赤らめて目をそらした。嘘は罪。その葛藤でシフの心は揺れた。結果、シフの思いはすっかりとタニシに伝わってしまう。「ふふん」と自慢気にポーズを取るタニシ。そのときふと、シフの心に以前から抱いていた疑問が浮かんだ。
「タニシはレッドガードなのか?」
スカイリムの西、ハンマーフェルの砂漠地帯に暮らすレッドガードは、褐色の肌に、スカイリムのノルドにも負けない勇敢さをもった戦士である。けれどもタニシの顔立ちはレッドガードのそれとも違い、何より紫の髪と瞳はシフが知るどの種族にもない。
タニシはニヤリとして言った。「相手の外見を指摘するのは失礼なことだが答えてやろう。俺はデイドラとレッドガードのハーフだ」
「ジャルデュルさんにホワイトランの首長へ伝言するように言われた」「おい、人の話を聞けよ」あまりにくだらないので、シフはむりやり話題を変えた。オブリビオンの邪悪な存在と人間との間に子が生まれるなんて聞いたことがない。
「ホワイトランはどこにある?」「…。このまま北に行けば見えてくるよ。けどその前に準備がある」「準備?」「砦で手に入れたアイテムを売って金にするんだよ。お前も好きだろ?金」
そう言ってタニシは戦槌を持って手ぬぐいを背負いシフの前を通りすぎ、家に入った。張りのある腕にどきっとした。言葉遣いがもう少しまともなら仲良くなれたかもしれないのに。少し残念に思い、そんな気持ちを抱いた自分に驚いてシフは頭を振った。
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