020
頭にきたシフがカウンターに飛び乗る。同時にルーカンが大声で叫んだ。
「おっと ! 俺に手を出したらホワイトラン全土に賞金首として知れわたるぞ ! いいのか !?」
「…」
「シフ」タニシが怒りで震えるシフを抱きかかえておろす。「悪かったな、ルーカン。こいつはヘルゲンから命からがらで逃げのびたばっかでな。まだ心が癒えてないんだ。勘弁してくれ」
「フン」足の震えを隠すように両手を組むルーカン。「用が済んだなら出ていってくれ。客はお前たちだけじゃないんだからな」
「ねえルーカン」
三人の後ろから声がした。先ほどまで店の掃除をしていたカミラだ。
「この人たちが爪を取り戻したら、200 セプティムで売ってあげるっていうのはどうかしら?」
「冗談はよせ。そんな大損してたまるか」ルーカンが声を荒らげる。
「リバーウッドでそんな立派な武器を売りに出しても、買う人なんて誰もいないわ。他の街に売りに行ったって、そんな大金で買う人なんて、ねえ?」
さすが妹も商売人。戦槌の価値を見抜いている。
「この人たちがそっぽを向いたら、いつ爪が返ってくるのかわからなくなるわ。そんな邪険にするのはよくないと思うの。どう?」
「うー、む…」ルーカンが低い声で唸る。「わかった。いいだろう。ただし、1650 セプティムで買う客が現れたら迷わず売るからな」
カミラが満面の笑みを浮かべる。「さすがルーカン ! それじゃあ、二人をブリーク・フォール墓地まで案内してくるわね ! 」
がたん ! 大きな音をたて、ルーカンがあわてる。「ま、待て。そんなことを許した覚えはない」
フッ、とカミラが横目で笑う。「だって、旅人を案内するのは村人の役目でしょ?さ、行きましょ」
そう言ってカミラはシフたちが返事するのも待たず、店の外へ二人を連れ出した。
うらめしい顔でリバーウッド・トレーダーの看板を見つめるシフ。「気にするなって」背中をぽんと叩くタニシをシフはキッと睨む。「こんなお金もらったって全然嬉しくない」
「ごめんね」と謝るカミラ。「兄は戦争でちょっと神経質になってるのよ」
シフが顔と両手を振って誤解をとこうとする。「違うんです。むしろ、お姉さんには本当に感謝していて…」
「あら、お上手ね」フフッとカミラが笑みを見せる。そんなやりとりをしながら、三人はリバーウッドの北門まで進んでいく。
「俺は気にしてないんだがな」タニシが歩きながらそう言った。「シフがあんなのよりももっと頑丈で強い武器を作ってくれるからな」
「え」「鍛冶ってのは鎧を作るだけじゃない。伝説級の武器だって作れるようになる」
「そんな。まだ剣一つ作ったことだってない」「これから作るんだろ?鎧だって」
タニシが意地悪そうにちらりとシフを見る。シフはムッとした顔で言った。「いいよ。作ってやるよ。最高の武器と防具を」
その言葉にタニシがフッと笑う。
「でもタニシには十倍の値段で売るから、覚悟しろよ」「おい、そりゃないぜ」うなだれるタニシに、笑顔を見せるシフ。二人の距離がわずかに縮んだように感じた。
「この橋を渡って、山の方を登っていくとブリーク・フォール墓地よ。気をつけて」
北門を出て少し進むと、カミラが針葉樹の繁る森を指さして言った。「私はそろそろ戻らないと。ルーカンが心配するからね」
「カミラさん、ありがとうございます」シフがお辞儀をした。
手を振って別れるカミラ。どうどうと流れる川にかかる丈夫な石橋は、先の道へと続いている。釣竿が一本置かれたままで、橋のたもとに組まれた小さな台に釣った魚が何尾か吊るされていた。太陽は真上にある。竿の持ち主は昼食にでも向かったのだろう。
「少し腹ごなしだな」
タニシはシフを誘って宿屋へと向かった。リバーウッドからさほど遠くない場所にある、ブリーク・フォール墓地。蘇った屍が跋扈するその魔境へ足を踏み入れるのは、はるか先のことになるだろう。
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