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「何を言う ! インガンは才能にあふれた子だ ! 」

「エルグリム…あなたはあの子を買いかぶりすぎよ。あの子は…」

リフテンの街から階段を下りたドブ街に、錬金術の店『エルグリム・エリクシル』がある。湿気が多くひんやりしたこの場所は錬金素材を保つのにちょうどいい。そう店主のエルグリムは言うが、表ではならず者たちが頻繁にトラブルを起こし、安心して店を営める場所とは言いがたい。

そんなところを訪れ、老夫婦の喧嘩で歓迎されるとは、シフたちもついていない。「スカイリムの人たちはいつも喧嘩をしているように思える」「喧嘩するほど仲が良いっ、てな」タニシはシフを促し、店の中へ入った。

「あら、いらっしゃい」妻のハフジョルグが二人に気づき、あわてて挨拶する。

「錬金器具を使ってもいいか?」タニシがそう言うと、エルグリムが不敵に鼻を鳴らした。「フン、それじゃああんたは錬金術師か。いいか、絶対に壊すんじゃないぞ」

「そんな言い方はないでしょエルグリム」たしなめるハフジョルグをきっかけに、再び夫婦で口論が始まる。シフたちは肩をすくめ、店のカウンター脇にある錬金器具へ向かった。

ポコポコと液体を煮立てるフラスコや、ガラスの管が複雑に配置されている。「ほら、やってみろよ」タニシがシフの腰を押す。

「急かすなよ…」困ったような表情でシフが錬金器具の前に立つ。なにせ、初めての錬金なのだ。材料を持つ手が震える。「爆発するかもしれないなぁ」タニシが不安を煽る。「やめろよ、脅かすのは」

乳鉢に最初に入れたのは山の青い花。続いて、ヘルゲンの砦で採取したクモの卵を入れる。

「乳鉢と乳棒で素材を混ぜて〜♪」「知ってるって。黙ってろよ」歌うように得意気なタニシに、シフはいらいらした。

シャリシャリと音をたて、二つの素材が均一の色に変わってゆく。最後に湯を加えて混ぜ、ポーション用の小瓶に入れ軽く振った。

『マジカ回復減退』の効果を持つ毒だ。武器に塗って敵を攻撃すれば、相手の魔法エネルギーであるマジカが回復しにくくなる。魔術師相手に有効な毒だが、それよりも重要なのは価格だ。シフの話術でも、一本 20 セプティム程度で売れる。たっぷり食事がとれる金額だ。

「錬金て儲かるんだな」シフが次々にポーションを作りながら言う。タニシはそれを聞いてニヤリとした。「値段の高いポーションを作れば錬金スキルも上がるからな。一石二鳥だろ?」

「お二人さん、どうだった、冒険は?」

カウンターで応対するハフジョルグが、ポーションと引き換えに金貨を数えながら皺だらけの笑顔で言った。

「冒険?馬車に乗ってきました」シフが即答する。「あらそうなの。ごめんなさいね。クモの卵なんて、私たちじゃとても手に入れられないからね」

ポーションを売買するなど、スカイリムでは冒険者以外のすることではない。店を構える錬金術師は必要な薬品を自前で作るからだ。冒険者から購入したものは品質が保証できないので、内戦を続ける帝国軍やストームクロークに流している。

「クモの卵が要るんですか?」シフがたずねた。「おい…」面倒事はよせといった調子でタニシが引っ張る。

「ああ、違うのよ。素材は足りてるんだけど…」

「ハフジョルグ ! 鷹の羽が足りないぞ ! ぼけっとしてないで、さっさと持ってこい ! 」エルグリムが暖炉の前で座ったまま怒鳴る。まるで妻を召し使いのように扱う態度にシフはムッとしたが、ハフジョルグは苦笑いをして首を横に振る。

「クモの卵でちょっと思い出したことがあってね。もし冒険者さんなら、ショール・ストーンに行ったときに頼みたいことがあって…」

「何ですか?」「ハフジョルグ ! 」シフの言葉にかぶせるようにエルグリムが声を荒らげた。

「ああもう聞こえてるわよ ! 」催促にうんざりするように返事を投げる。

「シフ、行くぞ」金貨をしまい、袋を渡してタニシが急かす。「待って、話を聞いてから」

店を出ようとするタニシを呼び止め、シフはハフジョルグに向き直った。落ち着きのない店内にハフジョルグも申し訳なさそうな顔だ。

「ショール・ストーン?ってところで、何ですか」シフは気にしないよう笑顔で促す。

「え…ええ。ここの北にある鉱山なんだけどね、珍しい鉱石標本があるから、フィリンジャール…ああ、鍛冶屋の人なんだけどね、彼から標本をもらってきてほしいのよ。どうかしら?」

そう言って、ハフジョルグは何かを気にするように視線を一瞬うつす。シフはその様子から状況を察し「大丈夫ですよ」と言った。

「待て」とタニシが止める。「ショール・ストーンはそんなに遠くない。グリーンウォール砦が間にあるが、脇道を通っていけば安全のはずだ」

自分で行け、という合図だ。だがシフは体当たりをするようにしてタニシを黙らせる。「平気です。私がもらってきます。だから」

そこまで言いかけて、シフはカウンター越しに相手の足元をわずかに見た。老いて足を悪くした錬金術師に、遠くまで出向くのは無理だ。「だから無理しないでください。お大事に」

ハフジョルグはシフの心遣いに身体が温かくなるのを感じた。

「ありがとう。助かるわ、冒険者さん」



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