019

リバーウッドの雑貨屋『リバーウッド・トレーダー』の扉を開くと、チリチリン、と来客を告げるベルが鳴った。

「ダメだと言ったろう ! 冒険も芝居もダメだ ! 」

「もう、わからずやのバカ兄貴 ! 」

「また後で来るか」タニシがシフを見て言うと、二人に気づいたルーカン・バレリウスがあわてて「いや、何でもないんだ」と取り繕う。「リバーウッド・トレーダーは営業中だよ」

ルーカンに向かいあうようにして、カウンターの前に二人が立つ。妹のカミラはムスッとした顔のまま、部屋の掃除をはじめた。「何かあったのか?」タニシが問う。「いや、何もない」

はじめはそう言ったルーカンだが、鎧を着込んだタニシを見てわずかに期待が生まれる。「実はな、店の宝が盗まれたんだ。黄金でできた爪なんだが…」

タニシは表情を変えず腕を組む。「それなら見たことがある」「本当か !?」「店の中でな」

「おい…」ルーカンが落胆と軽蔑の眼差しを向ける。タニシはひるまずに言った。「それほど価値があるものなら、取り戻したときのお礼はさぞ立派なもんだろうな」「何だ、こんな寂れた村の店主にたかろうってのか」「そんなつもりはない。ただ俺たちは燃えさかるヘルゲンから脱出した勇敢な戦士だ。その爪を取り戻せる可能性は高い」

そう言ってタニシはカウンターにアメジストを置いた。取り返してきてほしいなら、高く買い取れ、という無言の合図とともに。

ふん、とルーカンがルーペで確認する。「30 セプティムだ」「おいおい、こんな上質なアメジスト、他にはないぜ?」「上質でもなんでもない。文句があるならよそに行ってくれ」「40 セプティムでどうだ?」

「30 だ !」強い調子でルーカンは言った。「ヘルゲンが燃えようが、そこから生きのびようが俺には関係ない ! 騙そうとしても無駄だ。…まあ、爪を取り戻してきたら、友人として考えてやるがな」

そう言ってルーカンはチャリン、と金貨を置いた。舌打ちをしながらタニシが手でつかむ。ルーカンはシフの方を見た。「お前も売るものがあるのか?」

「はい」そう言ってシフはカウンターから頭だけを出してガーネットをひとつ乗せた。スカイリムで手に入る宝石のなかでは最も安い。

「12 セプティムだ」「はい」文句ひとつ言わずシフは金貨を受けとると、「あ、もうひとつありました」と言って次の宝石を乗せた。ルーカンがルーペで鑑定をしている最中も、身体をまさぐって手持ちのものがないか探している。「14 セプティムだ」

「はい。あ、あと」「まだあるのか」細切れの取り引きに苛立ちをみせるルーカンに、金貨を受けとったシフは目から上だけをカウンターからのぞかせて言った。

「お前って言うの、やめてもらえませんか?」

「はあ?」吹き出したのはタニシだ。「私、シフです。銀狼のシフ」

それが何だ、という顔のルーカンに続けて言う。「一応、お客です、よ?」そう言って一回り大きなガーネットをカウンターに乗せた。

ルーカンの目が変わる。それを気づかれないようにしながら、ルーペ越しに覗くそれは傷ひとつない、本物だ。「ふむ、これなら 20 セプティムくらいの価値があるな」

「やめます」シフはひょいとルーカンの手から奪い取った。

「待て」あわてるルーカン。「25 でどうだ?」「冗談はよしてください。宝石の買い手はいくらでもいるんですから」「さ、30 ! 」「45」「そんなばかな。37 でどうだ」「40。これ以下は譲れません」

「うぐぐ…」手を握りしめるルーカン。「いいだろう。40 だ」

「交渉成立ですね」

「くっ…」観念したようにルーカンが金貨を積む。それをシフは一枚ずつ袋に入れていった。


…。

…くっくっく。


ルーカンは心の中で笑った。とんだカモだ。ルーカンが支払った額は本来の数分の一でしかない。商売の何たるかもわからぬ素人め。腕っ節は強いかもしれないが、頭のほうはからっきしのようだな。

『聞こえてるよ』

シフはそう言いたいのを黙っていた。二人が交渉下手なのは自分たちでもわかっている。話術のスキルは低く、Perk も持っていないからだ。それでも宝石を貯めこんで飢え死にしてしまっては本末転倒だ。商人にぼったくられるのは覚悟のうえで一つずつ宝石を売ったのは、少しでも交渉回数を増やして、話術を磨くためだった。


「ああ、あとこれも」思い出したようにそう言って、タニシは背負っていた戦槌をドカリとカウンターに置いた。良く手入れされた先端は錆びもなく、また質の良い木で作られた柄はよく手になじむ。

さすがのルーカンも舌を巻く。「見事なもんだ。200 セプティムで引き取ろう」

「いいだろう」あっさりとタニシは受け入れ、狡猾な商人から目をそらさずに金貨を袋に入れた。小さな雑貨屋では手持ちの資金も少なく、300 セプティム程度の取引が限界なのだ。シフたちが投資をすれば別だが、それには話術の Perk がいる。

「ほら」ずっしりと重たい袋を、タニシはシフの頭に乗せた。

「え?」突然のことにシフの顔に疑問符が浮かぶ。「昨日の晩飯代。ほら、十倍払うって言ったろ?」

「そんな」急にあわてるシフ。視線がルーカンとタニシの顔を行ったりきたりする。「大事な武器なんでしょ」「かまわん。他に売れるもんもないしな」「だめだよ。返す。返します」

そう言ってシフが金貨の詰まった袋を差し出すと、ルーカンが冷たい目で言った。

「買い戻すなら 1650 セプティムだ」



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